これはゆるい話。ではあるが実は、その奥、根深い所に潜む“したたかさ”の話である。
あら?今回は珍しく真面目な滑り出し。イイね。ちゃんとやろ!ちゃんと。
その頃、仕出し弁当店に勤務しておりました。とは言ってもそこは店舗というよりは工場。皆でせっせと弁当におかずを詰めていく流れ作業です。
主菜を作る担当、副菜を作る担当。ご飯を詰める担当などそれぞれが自分の仕事を黙々とこなしていくという、容易に想像し得る職場です。
地味に見える環境ですが、イヤイヤ、実際はこれが意外にハード。朝は早いし、手洗い、頭髪など衛生管理は厳しいし単純作業の繰り返しは時として苦痛にも感じ…。
そうなんです。皆さんが何気なく食されているお弁当。
「今日のおかず、あんまりうまくねぇな~。」「あら?ご飯チョッと硬くないかしらねぇ?」
そんなご意見も多ございます。ごもっとも。勉強させて頂きます。え~当社といたしましても「まごころ」をモットーとし…。コラコラ、あぶねー。また話がズレるとこでした。
ホンダイ…。本題はそうそう、そんな職場で共に額に汗しながら働く同志の話でございます。
その人は桂歌丸師匠に似ていました。そっくりと言っても良いくらいでした。そしてオバサンでした。残念。
その頃、仕入先の八百屋さんから売れ残った洋梨をタダで貰った事がありました。
差し入れよ。みんなで食べて。今では旬の時候になるとスーパーの店頭に並ぶようになりましたが、当時はまだ珍しいものでした。
「あら何これ?これが洋梨?へぇ~!」
「そう洋梨。ラフランスよ。ラフランス。」
「なんか形が独特じゃん?梨なんでしょ?」
「ちゃんと言ってくんないと、梨と思ってわざわざ買わないよな。」
「洋梨だけに“用無し”?」
「それ、どっかで聞いた事ある。」
「しょーもな。くだらねぇ。」
会話には加わらず黙々と自分の作業をこなす歌丸師匠。
さすが師匠こんな低レベルのダジャレなんぞにゃ、見向きもしねぇ。てぇしたもんだよ。
あんたらもべちゃくちゃ喋ってないでサッサと仕事片付けちまいなっ。
そして午後3時。朝が早い弁当仕出し、そろそろ終業時間です。今日は用事でもあるのか、休憩もあまり取らずに仕事を続けた師匠、皆より早く担当作業を終えました。
じゃあ今日はもう上がっていいですかね?ハイ。大丈夫ですよ。お疲れさまでした。
「じゃあ私はおフランスですので上がりま~す!」
何言ってんだこの人は?休まず仕事したんで壊れたか?
「おフランスってことで。きゃは!」
げっ。マジか!もしかして洋梨⇒用無し⇒ラフランスをここで使った?ちゃんと聴いていやがったのかテメェ!
しかし、それはおフランスではないんです。ラフランスなのです。無念じゃ。
気付けばスタッフ爆笑の渦。師匠顔を真っ赤にしながら、そそくさとその場を後にしました。
その後1ヶ月と10日程彼女は“おフランスさん”と呼ばれる事になりました。
さすがにへこんで大人しくなると思いきや、たちが悪いことにおフランスさん、先の事を訂正する気もなく、「おフランス」を連発、えらくお気に入りのようで。
よって周りは辟易、本人だけが上機嫌。きゃは!ゆるいっつーか何つーか…。
こんな駅前笑喜劇のようなドタバタ劇をタバコをゆっくりと燻らせながら見つめる一人の人がいました。
その人はピグモンに似ていました。
ウルトラマンに出てくるピグモンです。
そっくりと言っても良いくらいでした。
そしてこの方もオバサンでした。重ねて残念。
独特なオーラをまとい、「我関せず」がモットーかと思わせる程、常にマイペースなピグモン。
ある日彼女もサッサと自分の担当作業を終了。
じゃあ今日はもう上がっていいですかね?ハイ。大丈夫ですよ。お疲れさまでした。
「今日は“キンイチ”に寄って帰るから。お先に失礼します。」
キンイチとは何ぞや?まっいいか。
しかし、その後も度々登場するキンイチ。誰だ?何だ?萩本欽一?欽ちゃん?
そしてひょんなことから驚愕の事実が判明。それは休憩時間の事でした。皆さんお疲れさまです。
ひそひそ話に夢中になる者、おやつを分け合って食べる者などそれぞれが思い思いに寛ぐ中、例によってピグモンはゆっくりとタバコを燻らせながら至福の時。
弁当配達担当のオジサン、只今訳あって一人暮らし中なもんで、帰りついでの買い出しの話に。
なんせ、訳あって急に1人になったもんだから、スーパーとかの買い物が苦手との事で、あれは何処で売ってるの?とか、これは此処で買おうかしらんなどと悩み事は毎日尽きる事が有りませんでした。
この日そんな様子に業を煮やしたピグモン、タバコの煙と一緒に、
「今じゃ、キンイチ行けば何でもあるわよ!ふんっ!」とお吐き出しになられたのです。
まさか百円均一の事?えっ、そうなの?
あれは“ヒャクエンキンイツ”だよね。おそらく。たぶん。きっと。イヤ間違いなく。
あの~恐縮ではございますが、お間違いになられているのではないかと思われますが。
「あら?キンイチじゃなくてキンイツ?ありゃま~恥ずかしい!あたしゃずっとキンイチだと思ってたよ。あ~こりゃあケッサクやわ。ハハッ!」
ご理解いただきありがとうございます。こっちも胸のつっかえが取れた感じでスッキリしました。なるほどね。キンイチに読めなくもないか。フフッそうか。とチョッと可笑しくて、ほっこりしたりして。
数日後、「これ見てん?キンイチで買ったの。100円には見えないでしょ?エエやろ?」
忠告の成果、改善の余地共に無し。加えて本人は当時の記憶無しか?
その後退職するまで彼女は“きんいちさん”と呼ばれる事になりました。
そして私はこんな職場に絶望し、
百均で買ったおフランスの国旗を振りながら
今日も欽ちゃん走りで家に帰るのでした。
2人への敗北感とゆるい挫折をかみしめて。