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笑い袋と福男

エッセイ
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笑い袋

諸氏は「笑い袋」というモノをご存知、あるいはご記憶でしょうか?

手のひら位のサイズの巾着袋でモコっとしたモノで、袋の中央部分を押すと阿保かと言う程の、笑い声が起きるという代物です。

その場で聴いている皆を、笑いに誘う事間違い無し!の必殺アイテムです。ホンマか?

しかも今考えると、ドリフ大爆笑のコントで使われた、オバはんの笑いとは一味違うシュールな笑い。

子供の頃、近所の子供たちの間で一瞬、流行りました。何故か近所に一人、「笑い袋」を持っている小僧がいたものです。

誰が何の目的で購入したのか?という基本的な部分が疑問でしたが、一度、押せばそんな事はどうでも良くなり、ひたすら笑い転げていたものです。散々ツボにハマり、何回も袋を押して繰り返し、ゲラゲラ。アホや、アホ。

しかも始末に負えないのが停止ボタンが無い事です。一回押せばワンクール終わるまで笑い続け、こっちは終わるまでジッと待つか、半ば自虐的に一緒に笑うしかなく、或いはその笑い止まない事実と、その袋の存在もろとも、布団を被せて隠し消すしか無いのです。

そして飽きるのも早かったものです。ひとしきり笑いの渦に巻き込まれた後は…。あ~しんど。もうエエわ。

そしておそらくは、片付けられないオモチャのごちゃごちゃに紛れてしまい何処かへ見失ってしまう運命。

というか笑い袋の特殊で厄介な要素の説明はさておき。

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予期せぬ意外な来店者

私事で恐縮ですが、飲食業、とりわけ調理に長年従事して参りました。それに伴い、お客様や従業員の数々のイイ話や逆に奇行、蛮行も見させて頂きました。そう、これもそのうちの一つの話。

 「いらっしゃいませ!こんばんは!!」ご来店でございます。  ほら、お客さんだってば。

その当時、その店はやや停滞気味、そしてスタッフもギスギスした感じで、明朗快活な優良店の趣には程遠いものでした。決まった段取り、慣れて飽きがきた作業。そう、何も変わらない、いわゆるルーティンワーク。なんとなくやり過ごす時間の繰り返し。

「そんなもんだよ、仕事なんて」って片付けるにはチョッとツラいって感じでした。

まあ、どんな職種でもこんな憂鬱な時間はあるんでしょうが。

ほどなくしてお客様の胃袋も腹八分、皆様、思い思いに暫しのご歓談。こうなると注文も落ち着き、我々スタッフも一旦休憩状態に。賑やかなホールとは対照的に、厨房は再び重い空気に。

そんな時に個室部屋から笑い声が。ひときわ目立つその笑い声はまさに笑い袋の笑いにそっくりなのです。最初は「チッ!ウッセーな。」的な感じであまり気にも留めなかったのですが、まあこの笑い声しつこいんです。ホントこの方、よく笑うんです。

   「スゲーな。この笑い声(笑)。」

   「どんな人が笑ってんのかな?」

   「昔『笑い袋』ってあったの憶えてる?」

   「え~、あたし知らな~い。けど、この笑い声つられて笑っちゃうかも~。」

あれま、不思議。冷蔵庫のモーター音しか聞こえてこない位の沈黙に支配されていた筈なのに、会話ですよ。

いやそれどころか若いスタッフはクスクス笑い出す不始末。 ん、不始末?イヤイヤ、いいんじゃね。

重い気分で仕事してても、ますます気が滅入るばかり。ここは一つ笑っときましょうかってこと。

よく言うじゃん。「笑う門には福来る」って。あれだよ、あれですよ。

するとこの笑い声の主は『福男』ってこと? そうよそうよ『福男』ですよ。

   「チョッと誰か、顔見て来いよ。

    誰か行けよ、ほら。」

   「え~。けど、呼ばれてないし~。」 

   「絶対、オッサンだぜ。」 

   「いや、意外と若いかもよ?」

   「俺はオバさんだと思います。」

   「ハアァ⁉オバサン?この笑い声だぞ?ありえねー!」

   「だけど、こんな声のクラブのチーママ知ってるよ?オレ。」

   「いや、有り得ないっスよ!マジっすか?エ~ッ?」 

 ゲッ!『福男』はオバサンなのか?

   「あっ、スイヤセン。僕も言っちゃっていいすか?『笑い袋』の声ってあれ女の人ですよね?」

   「何言ってんの!馬鹿じゃねぇ⁉男だろ?(怒)」

   「いや、うちの兄ちゃんが持ってたっスよ。女の人の笑い声の笑い袋。」

驚愕の新事実。笑い袋の声は男性じゃなくて女性?いや、女性バージョンもあるのか?

そうなると笑い袋の声が女性の場合、設定からすると『福女』になるのは当然。

そして個室の笑い声の主は男性じゃなくてこれも女性?なら何の問題もなく適正。

じゃなくて、最初の予想通り男性だったら、この前提であれば『福女』はオッサンということになり、

『福男』=オッサンという我々スタッフの一致した見解からは程遠い、理解し難い回答が導き出されてしまうのです。イヤイヤ、しかし、そこはまだ確定されていないし…。でもその可能性も無きにしも非ず。

もはや身勝手な憶測だけでは、我々スタッフの既存概念は混乱、崩壊してしまいます。

非常事態!至急、確認をお願いいたします。

バイバイ 福男

 

そのうち小刻みな注文が繰り返し、優先順位というもののため確認は後回しに。

 

「ありがとうございました!またのお越しを!」「あ~したっ!アイザイマ~ス!」

客席もボチボチと空席に変わってく頃。

「あっ、あのお客さんは?」「ああ、もうお帰りになられましたよ?」な、何という失態。で?男性?女性?「さあ、あの団体さんなら、男性も女性もいらっしゃいましたよ。それが何か?」

しまった。このパートさんはさっきの会話に居なかったんだっけ?

  何も告げることもなく、『福男』はお帰りになりました。

そして我々には緩やかな喪失感が残されました。

日常に追われ、惰性で時間を費やし、それを誰かのためだと言い訳をし、自分をすり減らしていく虚しさ。

そんなやるせない毎日の中、笑い袋の『福男』のご来店は、何かを取り戻すきっかけになったのでは?

そう思えて来たのです。そう、「笑う門には福来る」のように笑えることの尊さを。

正体不明のままの『福男』。    

夢から醒めた夢、を見ているような感覚の中、こんな言葉が聞こえてきました。

 「心配すんなよ。大丈夫。ほら、まだ笑えるじゃん?」

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