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カワイ子ぶりっ子、知ったかぶりっ子

エッセイ
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カワイ子ぶりっ子、お疲れ様でした。

お疲れ様です。今日も一日終わりましたよ。やっと。うん。

AM8:00~PM5:00までのタイムサービス、外面のいいカワイ子ぶりっ子課長は終了。

あ~疲れた。ほらほら、乾杯。イエーイ!

晩酌がてらTVをダラダラとザッピングしていました。おっ、漫才してるやん。

 ある漫才師のネタ。「知ったかぶりっ子やん」「う~んもう知ってんのに!」

ヒ~ヒヒヒ~!腹痛ェ~!オッサン一人でビール片手に大爆笑。

ひとしきり笑った後の部屋の静けさが、また恐ろしい。

 

 そして、静寂の中、そっと呟いてみました。「知ったかぶり」…。

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知ったかぶりっ子

子供の頃、大人は何でも知っていると信じて疑いませんでした。

皆勉強して、経験を積んで、博識で寛容で立派な人ばかりだと思っていました。

そんな幼心に描いた穏やかな世界。

そして今自分がその歳に近づくにつれ、木っ端微塵にされたその幻想。何をか言わんや。

それでも、振り返ってみれば、若い頃の知ったかぶりはよくあること。自分にも思い当たる節は多々あります。

チョッと背伸びをして、虚勢を張って。

ゆるいどころか必死です。嘘をついてまで、大きく見せようとするわけですから。

 しかし、今つぶやいて気付きました。最近知ったかぶりをすることさえ無くなってきているのではないかと。

まあそういった会話をすることも減ってきたし、熱く語る事も無くなったし、人付き合いもチョッと億劫になってきたのかな?でもそれって言い換えれば、自分で勝手に世間を狭くしただけではないのかと。

しかも子供の頃、憧れていた博識どころか、まだまだ知らない事だらけ、その一方で覚えてたのにドンドン忘れていくじゃありませんか⁉

こりゃあダメだとお手上げ状態、次第に諦め、知らない事に蓋をして、さらに知らんぷり。ああ、おとろし。

でも時々自尊心が抗うのです。

そんなことぐらい分かってるよ。知ってるよ。馬鹿じゃないんだから。冗談じゃないよって。

そしてついつい年甲斐もなく、知ったかぶり。まさに窮地。

若者なら、「無理しちゃって、まあまあ。」って感じで収まるのでしょうが、オッサンの知ったかぶりは可愛げなど見当たらず、軽い苛立ちすら覚えます。そして何もわかっちゃいねぇじゃんと、バレた時の虚しさ。フォローもできまへん。

だから余計、何も言えなくなり、知ったかぶりさえも面倒になる?

知らないよりは知った方がいいけどね、知って大した得も無し?

ま、これはこれで「ゆるく」なったってことでいいのかな?

なんせ見栄や虚勢を張ったりする労力はしなくてよくなったのだから。

 イヤイヤ、待てよ。それはそれで楽だけど、自分から進んでまた疎外される事になりゃしまいか?

ドンドン孤立してしまう?何も知らないのは恥じゃないだろ?聞かなかったり、知ろうとしない方が恥だろ?

進んでコミュニケーションは取っていかないと、取り残されてしまうよな。

おお、それこそ、深く考えずに「ゆるく行こうぜ!」だよ。よっしゃよっしゃー!

 

「課長、 ちゃんと先方にコミットしておきましたので。」

・・・ん?コミット?

「おっ、?おう、サンキュー!…。そりゃあ、向こうさんも喜ぶだろう。あれって美味しいもんね!」

       ・・・あれっ?

   ほらみて、言わんこっちゃない。

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