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おばちゃん、やっぱり「たこ焼き半分」

エッセイ

2019年ラグビーワールドカップが日本で開催。

開催前の不安をよそに、日本は快進撃を続け、試合ごとに日本中が歓喜の渦に巻き込まれました。

従来のコアなラグビーファンもにわかファンも、さらにはラグビーの“ラ”の字も知らなかった深窓の令嬢までもが一喜一憂いたしました。

かく言う私も日本戦はテレビの前に鎮座、前後半80分を賄える缶ビールを確保、観戦しました。

正月に酔っ払い酩酊状態でしかラグビーを見ていなかった自分を反省する次第でありました。

そうか。ラグビーか。

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アタタタタ

「おい!今日“やなぎ屋”寄って行かん?」
「イヤ、どっちでもええけど。何で?」

「何でって…。おまえまだ今週のジャンプ読んでないやん?」
「あ~。まあね。」

「あれよアレ。『北斗の拳』。新しく始まったヤツ。ジャンプで。読みに行かん?」
「あ~。なんか言うとったヤツ?面白いて。けど、今日あんまり金持ってないで。」

「ええやん。“たこ焼き半分”で。行こ行こ!」

1983年、まさにこれから日本の未曾有の好景気に向かおうとしている頃の話。

少し退屈な小さな街の、平凡な日常。
サッカーボールを追いかけるどこにでもいる高校生でした。

そんな高校生達が、部活が終われば自然と集合した、校門を出てすぐ前のたこ焼き屋。
昔は学校の近所には必ず1軒か2軒ありました。

そして部活が無くても毎日入り浸ってダベる阿保ども。それ、ワシよワシ。うん。
しかも学生の分際。毎日通えば、金も続くわけもなく、アタタタタ。

水だけではさすがに悪いし。狭くて汚いたこ焼き屋だけど、おばちゃんにとっては商売。まさに戦場。
やっぱりタダというわけにもいかず、少しでもお金をと、一応モラルというか“常識”というか、阿保ながらもそんなものが頭をもたげてきて、次第に居心地が悪くなる始末。
しかも高校生の分際でツケなどという無担保、無保証の契約をしている場合ではないのであって…。どうしたもんじゃ。

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裏の裏は表

しかし、歴代の諸先輩方もそうであったのでしょう。
彼らの考慮に考慮を重ねて、導き出された先代の知恵が存在したのです。

「裏メニュー、たこ焼き半分」

12個で¥400のたこ焼きを半分の6個、¥200で“おばさま”に調理および提供していただき、これを我らは有難く食し、さらに安心してダベるという画期的なアイデアでした。

代々受け継がれてきたこの伝統。どうみても我々に分がありすぎではありますが…。
この秘策メニューによって小さなたこ焼き屋は、部活が終了する時間帯には常に満席御礼、ついにはおばちゃんも2人態勢で臨むハメとなってしまいました。

そして、ここからは副音声のおばちゃんのボヤキで…。

たこ焼き半分×2=たこ焼き1人前。そう、偶数の注文がベスト。
3人前や5人前という奇数のオーダーなどクソくらえ。
あたしゃ知ったこっちゃないんだから。サッサ焼いちゃうからね。とっとと食って帰んなさいよ!
ったく!毎日毎日。

「おい!ジャンプ読んだらこっち回して。」
「マジで?ケンシロウに兄弟がいたんだって!」
「そういうの、先に言うなよ!」

なんだよ、サッカー部まだ居んのかい?もうすぐ野球部も来るころじゃないのかい?チッ。厄介だねぇ。

「あっ、まだみんな居た!オレら公式戦のユニフォーム出来上がったよ!」

あらっ?ラグビー部が来たよ!こりゃあまた、今日もぐちゃぐちゃだねぇ。やれやれ

「え?もう出来上がったって?早いやん!チョット見せて見せて。」

「慌てんなって。ほら、肩のとこ刺繍が入ってんのよ。」
「あっ、好きな言葉オーダーしたってヤツ?お前なんて書いたん?“松田”?おまえやん。そのままやん。」

「普通、『目指せ花園』とか『闘魂』とか書くんやない?しらんけど。」
「まあ、そうなんやけど。なんも浮かばんかってな。」

ガラガラ。

また来たよ!もう座るとこ無いよ。ったく!

「おっ!おった、おった。やっぱりココやと思たよ。ユニフォーム出来てな。」
「もう聞いた聞いたて。で?おまえはなんて書いたん?肩んとこ?」

…「“おばちゃん、たこ焼き半分”」

え?何?注文かい?奇数なら焼かないよ。まとめて注文してや!

「嘘やん?見して見して?」
「げっ‼ホントやん!けど、コレ、良かったん?まあ、オレらは笑えるけど。」

「おばちゃん。これ見て!刺繍したよ。」

なんて~?あらホントやん!あんた阿保か?大事なユニフォームやないの?

「おばちゃんも一緒に県大会出て、ほんで花園行こや!なあ。いっつも迷惑かけてるし、お世話になってるし、メンバーみたいなもんやろ?な?」
「それやったら、店の“やなぎ屋”って入れた方がよくない?あ、そうか、なんとか権侵害ってヤツ?」

「こいつがそんな難しいこと考えるワケないやん。」
「伝統の特別メニューやし、キーワードやん?」

「キーワード?おまえ、それ“キーワード”の意味違っとるやん?」
「ありゃ!そうなん?…」…

この子確か、いつもみんなからイジられて、チョットどんくさい子だよ。ふんっ!
けど、意外にいい子じゃない?優しいとこあるし。ありがとね。がんばんなさい。

…っても…! 「チョット、頼むの頼まないの!『たこ焼き半分』!」

2019

 

「さあ、ウェールズ・ボールでのラインアウトからの試合再開、一進一退の攻防が続き…。」

昨日の試合のダイジェストを眺めている月曜日の昼下がり。
月曜?あれ、休み?仕事は?そう、お休みにしました。有給消化ってやつで。

どうやら有給休暇をある程度利用してないと最近は何かとうるさいらしく、「休め、休め」としつこく耳元で囁かれていたのもあって。

しかし、よし!休みだ。といういつもの休日とはチョット勝手が違い、何故か少し肩身の狭い気分がします。
周りは平日の“日常”。ポツンと取り残されたような感じも否めず。

そしてさらに問題なのは何もすることが無いということ。 おとろし。
今回はたまたまラグビーワールドカップ期間の休みだったので、スポーツ観戦には好都合だったわけで。

まあしかし、考えようによっちゃ、分相応というか、長年勤め貢献してきたワケであって、これくらいは当然。
堂々と休もうではないか。

そして、ぼんやりとラグビーの試合を眺めながら、思わず青春時代を思い出したりしたワケで。

シンプルだったあの頃。
歳を重ねるたびに要らないモノがまとわり付いてしまったのかも。なんて、感慨深げに。

今思えば、自分にとって必要じゃなかったものも結構あるね。
あれもこれも欲しがって夢中で働いて手に入れてはみたものの。
物だけじゃなく“地位”だ“名誉”だってのもそうか。
結局のところ、薄っぺらな満足感や優越感で紛らわして納得してただけだったのかもね。

もっと大事なことを置き去りにしてたのかね?

損得勘定、打算、妥協。大人だから当たり前。
なにをぬるい事をと一蹴されますが、それを盾に、言い訳にしてる方がぬるいんじゃなかったのか?
いろんな事が頭を駆け巡りました。いや、別に後悔してるとか、そういう訳じゃないけど。

 

「さあ!ここでスクラムからの攻撃。このままいい形で攻め続けていきたい所ですが、相手も、この重量フォワードには自信を持っており…。」

まあ、たまにはこんな時間もいいか? うん。いいか。これで。
そう、あれから30年が経ちました。そして思い出しました。

そうか。たこ焼きか。

坂ノ途中

ほど良い陽気にも誘われて、小銭をポケットに詰め込み外に出ることにしました。
確か、近所の坂の途中にたこ焼き屋があったな。行ってみるか。

考えてみればこうやってフラフラと近所を歩くのも久しぶり。いや、初めてかな?もしかして。
会社と家の往復ばかりだし。

ふ~ん、こんなとこにアパートが建ったんだ。え?前は何があったっけ?思い出せないな。

そんなことを考えてフラついていると、現れました。坂の途中のたこ焼き屋。

月曜の昼下がりに開いてるかな?と少し不安がよぎったものの、「たこ焼き、焼きそば」と書かれた煤けた提灯がぶら下がっているのを確認。

(おっ!ラッキー)何がラッキーなのか。
でもちょっと嬉しくて。

ガラガラ。

「ハ~イ!いらっしゃい!」

予想通りのおばちゃんの声。

そして店内には客とおぼしきおばあちゃんが1人。
どうやら知り合いか、ご近所なのか話し込んでたみたいで。

おばちゃんそそくさと手を洗い、エプロンで拭きながら

「あっ。ごめんね。あらお召し上がり?持ち帰り?」
「あっ、ココで食べるよ。え~っと。たこ焼き1つで。」

いいね。なんか落ち着くね。
そういや、子供の頃からこういう感じの店でなんか食べる事が多かったし、やっぱ、性に合ってんのかね。

そりゃあ、半世紀近く生きてりゃ、オシャレなフレンチだのイタリアンだの、高級日本料理なんか一応行ったけど、どうなんだか?そりゃあそれでって感じで。気を遣いながら食べるのもしんどいだけだし。

ラグビーワールドカップが、ほぼ忘れようとしていた想いを手繰り寄せてくれました。

無鉄砲でなぁ~んにも考えてなかったあの頃。
金がないのが当たり前。それでもそれなりに何とかなる。
仲間がいて、なんだかんだ言いながらも意味もなくやたら前向きで。
時間は無限にあって、もっと自由な世界があると信じていて。

いや、何より自分を信じていたかな?

なになに?今日はついつい色んなこと考えてしまってるやん。
まあ、する事がないんで、たこ焼き食べに来てるくらいだからちょうどいいか?

そう、要らぬモノ、要らぬ知恵を身に付け過ぎたね。

遠回りしたけど戻って来れた。
なんだ。“大人になる”って生きる術を身に付けるだけのことなんだ。
中身まで変わらないし、変えることは無かったんだ。無理強いしてまで。

大事なことはどっか他にあるんじゃなくて、ずっと自分が持ってたんだ。きっと。

 

心は変わらないまま歳を積み重ねる。
無駄なく、強く、穏やかに。

それ、カッコイイね。

とにかく今日は吉日だ。

あっ!チョット待てよ。
…そう、また、そこから始めよう。

「おばちゃん、『たこ焼き半分』ってできる?」

今はこれでいい。

秋の陽射しが柔らかく。
そして店の前を猫が横切り、風が提灯を揺らして。

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