Maybe a dead end?
映画「パラダイス・アレイ」への出演など新たな分野への進出と、活躍の場を益々広げ、一見すると意気盛んなトムウェイツ。
そんな中、前作「Foreign Affairs」に続いて、1978年にリリースされたのが
「Blue Valentine」。
この数年は、コンスタントに作品を発表していた時代で、このアルバムもその頃の作品の一つです。
Blue Valentine(1978)

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- Somewhere (From”West Side Story”)
 - Red Shoes by the Drugstore
 - Christmas Card from a Hooker in Minneapolis
 - Romeo Is Bleeding
 - $29.00
 - Wrong Side of the Road
 - Whistlin’ Past the Graveyard
 - Kentucky Avenue
 - A Sweet Little Bullet from a pretty Blue Gun
 - Blue Valentine
 
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前作と同様、トムウェイツが描いた様々な“ロスト・ドリーマー”達のストーリーが展開されるアルバムです。
益々磨きがかかってきたトムウェイツ・ワールドですが、
その裏側での実情はというと、
ツアー、録音の繰り返しの徒労感、更にそれに付随したアルバムセールスの伸び悩みに次第に苛まれて、当のレコード会社であるアサイラム・レコードへの不信感を抱くようになっていました。そうスランプのようなものでした。

人間としての心もユーモアもねじれにねじれ…こんな事の繰り返しはもうウンザリ!ってな。」<トムウェイツ 酔いどれ天使の唄>より抜粋
当時の心境をこう語っており、どうやらいつもの“冗談半分”ではなさそうです。
しかし、アルバムの中での登場人物達は益々個性が際立ち、どん底で生きる様々な人間群像を浮かびあがらせ、聴き手をその世界に引き込んでいきます。
3.「Christmas Card From a Hooker In Minneapolis」では昔の男に送った女の手紙で、虚勢と嘘で塗り固められているのに、切なくも人間味溢れる名作。
辛辣な状況の中での弱さ、絶望を包み隠さず映し出す怜悧な視点からの10.「Blue Valentine」7.「Whistlin Past The Graveyard」など。
しかしそんな闇ばかりを映し出すだけではなく、少年時代の回顧録のような8.「Kentucky Avenue」では美しいメロディーがオーケストラ伴奏で演奏され、温かな眼差しを感じることができます。
フランシス・フォード・コッポラの魔術
ゴッドファーザーⅠ(1972年)、ゴッドファーザーⅡ(1974年)の世界的なヒット、そして地獄の黙示録(1979年)などの作品を世に送り出し、世界的に有名な監督となったフランシス・フォード・コッポラ監督。
どちらかと言うと血生臭く、実録的な作品が続く中、次回作としてラスベガスを舞台とした恋愛物語の映画を画策していました。
シナリオ、キャストの選考を進める中、映画のサウンドトラックの担当も、何人か候補が挙がっていました。
当初、ヴァン・モリソンやアル・スチュアートらに依頼する予定でしたが、そんな候補の中、コッポラ監督が耳にしたのがトムウェイツの曲「I Never Talk To Strangers」でした。
アルバム「Foreign Affairs」に収録されていたベット・ミドラーとのデュエット曲で、この曲を聴いた途端、もうそれ以上の作曲者探しは必要ないと悟ったと言われています。
一方、依頼を受ける側となったトムウェイツは、映画音楽の作曲という今までに経験したことのない仕事に快諾。意欲的でした。
やはりその裏には前述の“行き詰まり感”が大きく影響したのは否めないところでしょう。
そしてまる二年間この「One From The Heart」 の仕事に専念することになるのです。
One From The Heart (1982)

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- Opening Montage
 - Is There Any Way Out of This Dream?
 - Picking Up After You
 - Old Boyfriends
 - Broken Bicycles
 - I Beg Your Pardon
 - Little Boy Blue
 - Instrumental Montage
 - You Can’t Unring a Bell
 - This One’s from the Heart
 - Take Me Home
 - Presents
 
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こんなトムウェイツらしくもない素直な言葉が出るほど、コッポラ監督との仕事は今までの彼の制作スタイルや仕事観、さらには、芸術観までも一変させるものでした。
「それまで曲を作るのは酒を飲んだ時の片手間の楽しみみたいにやっていた」から、「勝手に曲だけ書いて、はい出来上がりってわけにはいかない」に変わり、「無責任でずぼらにやってるわけにはいかなくなったんだよ」と言わしめるまでの変化でした。
混沌極まりない生活を送り、自由奔放かつ自堕落でありながら、溢れんばかりの才能を秘めた酔いどれ詩人を、プロフェッショナルなアーティストへと変貌させたのは、まさにコッポラ監督のマジックでした。
アルバムはというと、映画のサウンドトラックという事もあって『番外編』といった感じで意外とスルーされがちですが、紛れもなくトムウェイツワールド。
完備されたスタジオ、明確なテーマ、作曲だけに専念できる万全の環境の中で創られた楽曲は、その才能を十分に発揮した名曲揃いになっています。
ジャージーで落ち着いた雰囲気のアルバムでクリスタル・ゲイルとの共演も功を奏しています。
後にホリー・コールや女性アーティストにカヴァーされる原点がここにあるのかもしれません。

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映画自体の評価はバラつきがあり、高評価とまではいきませんでしたが、この作品でトムウェイツは1982年度アカデミー賞最優秀オリジナル作曲部門にノミネートされました。
堕天使達の物語を置き土産に
「One From The Heart」に携わる中、二か月のオフ・タイムを与えられたトムウェイツ。その期間で作り上げたのがアルバム「Heartattack And Vine」でした。そして、これがアサイラムレコードとの最後の作品となりました。
Heartattack And Vine (1980)

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- Heartattack and Vine
 - In Shades
 - Saving All My Love for You
 - Downtown
 - Jersey Girl
 - ‘til the Money Runs Out
 - On the Nickel
 - Mr. Siegal
 - Ruby’s Arms
 
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映画音楽の制作という、カテゴリーの明確な“ビジネス”の反動なのか、どこか吹っ切れた感のあるアルバムです。
ギターサウンドを多用し、ザラついたR&B感を演出したかと思えば、オーケストラのストリングスを施したスローナンバーがあったりと、コントラストがはっきりして、以前からのマンネリ打破の工夫が感じられます。
楽曲はというとトムウェイツ・クラシックとでも言うべきナンバーが多く、後に他のアーティストにカヴァーされた“原曲”を多く収録しているアルバムという結果になりました。
堕ちるとこまで堕ちて、もうこれ以上は行き場のない最底辺の暮らしを意味する7.「On The Nickel」。トムウェイツはそんな状況でも人としての誇りを失わなければいつかきっとやり直せると呼び掛けています。
そして、ブルース・スプリングスティーンにカヴァーされた5.「Jersey Girl」。
同世代のアーティスト同士、そしてスタイルも正反対のブルース・スプリングスティーンとトムウェイツ。水と油の関係のように言われていましたが、実はそこには相互理解が存在して…。
奴のコンサートの売上に悪い影響が出ないといいけどな…。」
<トムウェイツ「酔いどれ天使の唄」より抜粋>
トムウェイツにこんなジョーク混じりの皮肉を呟かせる程の関係でした。
そして切ない別れの唄9.「Ruby’s Arms」。
たった二ヶ月という異例のスピードで制作されたこのアルバム、「One From The Heart」と前後して1980年、先にリリースされました。
まるで急いで出ていく前の“置き土産”ように…。
そして、その後これまでの不満や葛藤を振り払うため、そして自ら再発見した新たな世界への可能性を確かめるために、デビューから10年余り所属したアサイラムレコードを去ることになります。
Whether to go or not
ジャック・ケルアックに憧れ、ビートニク文学(ビート・ジェネレーション)の影響を受けた青年は、やがて場末のバーでピアノを弾き呟くように唄い始めました。
日の当たらない路地裏に夜な夜なたむろする人達に寄り添い、彼等の苦悩、切なさそして僅かでも差し込む光とその温かさを唄い綴ってきました。
時代遅れと揶揄され、最先端のミュージックシーンからは程遠い所に居ながらも、まるで気に留めもせず、独自の世界を築き上げたアサイラム時代でした。
「人生には大きな決断をしなければならない時がある。」
なんて書き出すとお堅い哲学かなにかの講義のようですが、避けられない選択があるのも確かで。
我々の日常でも、大なり小なり決断を迫られる時はあります。
そしてそれに付きまとう迷いも厄介なもので、決断自体を鈍らせてしまいます。
そんな時は、色んな物にすがってみたりして、少しでも楽になろうとするのももっともな事です。
有名な占い師に尋ねると、「今は時期尚早、おやめなさい」と言われて。
名高い社会学者に尋ねると、「リスクはあるが、敢えて進むべき」と言われて。
トムウェイツに尋ねると、
「そんなポンコツなアドバイスは聴く必要ないぜ。なに、簡単な事さ。自分を信じてりゃあいいんだよ。それだけだよ。なんならオレに賭けてみるかい?」
多分、こう言いそうな気がして。
とにもかくにも、アサイラムを出て次のステージに進む決断をしたトムウェイツ。
遂に路地裏から表通りに出ていく事になります。
つづく。

  
  
  
  
