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三年寝太郎、夢もうつつも夢ならば

エッセイ
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「おいでませ。山口へ!」

今度は、ガタンという揺れとざわめきで目が覚めました。
(ん?また夢の続きか?あれっ?けど、どっかで見たような…?)

「おいでませ。山口へ!」と書かれた幟がはためいていました。

夢では、どうやらここはバスの中。窓の外には田畑が広がる長閑な田舎の風景。
(今度は田舎の夢か?…。あ~企画書って、書き終えたっけ?
まっ、いいか?これも夢だろうって。)

そして再び目を閉じました。そう…。“夢の中の夢”を確認するかのように。

2度目の揺れと、今度は甲高い馬鹿笑いの声でどうやら夢じゃないと知りました。
(また⁉もういいよ…。 …あれっ?ここは?)

現実でも、どうやらここはバスの中。そして今度は緑のトンネルを快走していました。

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4 HOURS AGO

「いつまで寝てんすか?ねこまたぎさん!ほら起きて下さいよ!ひゃはは。」

後輩のツル君が、ビール片手に起こしに来ました。
まだ寝ぼけてはいましたが、状況は把握できました。

(そうか。社員旅行だった。マジで寝ちゃってたのか?…そうそう昨日、確か企画書を書いててあまり寝てない上に、コイツに朝早く電話で起こされて…。そうそう。)

「おっ!起きた?みなさ~ん!みのるちゃん、お目覚めです~!アハハ!
おい!ツル!みのるちゃんにビール、ビール!『おビール』くらさ~い!アハハ!」

部長は酔うと誰彼構わず、下の名前を“ちゃん”づけで呼ぶ癖がありました。
最悪。ベロベロです。

「ハイ!ねこまたぎさん。キンキンに冷えた『おビール』どぅえ~す!ひゃはは!」

そして、チラッと周りを確認するとツルが耳打ちをしてきました。

「いやいや、実はナイショですけど、バカ部長がビール買いすぎちゃって。
なーんにも考えてないでしょう?あの人。ひゃはは!
めっちゃ余ってるんでガンガン飲んで下さいよ!ひゃはは!」
うるさい、うるさい。お前もベロベロか?

毎年恒例の社員旅行、すべては旅行代理店にお任せしてあるので、何もかもお膳立てされていて、只々旗を持った添乗員サンに付いて行くだけ。

自分達は何もする事も無く、仕方がないので、朝からビールを飲み、昼食を取って落ち着いたのでビールを飲み、眠気覚ましにまたビールを飲み、夜は宴会でビールを飲み。
しかも「旅行積立金」と称して給与から天引きされているため、元を取ろうと息巻く若者も。

なんと浅ましい事か。みっともなく、見苦しい。まさに堕落。

労をねぎらい、ささやかな癒しを。との主旨から大きく逸脱していて、この状況を見るにつけ、甚だ遺憾であります。皆、心を正し、つつましやかになりませんか?

しかし、周りはほぼ皆さんべロベロ、多勢に無勢。郷に入っては郷に従えということで。
言っても仕方が無いので、私も朝からビールを飲み。
そう、しょうがないので。

そして山口の夜は更けて

バスは無事に目的地、山口県は長門湯本温泉に到着。

ここで、若者達の旅行ならば部屋割りなどで、はしゃぐところでしょうが、なんせほぼ野郎、事務のオバはん少々という構成の社員旅行、ときめきなど一切見当たらず。

それどころか、長時間の移動と肝臓の疲労でグロッキーでバタンキュー。

案内された部屋に倒れ込むように収納されていきます。

メインの宴会までは多少の時間はあるものの、これといってする事も無く、周辺の散策でもと、備え付けの観光案内地図を手に取ってみましたが、目ぼしい施設など見当たらず、途方に暮れる始末。

宴会後、チョット街へ繰り出してオネーちゃんのいるスナックで飲もうと企んでいた若者組は、失望のあまり、窓の外に溢れる木々の緑を見つめていました。

そう、山に囲まれた川沿いの静かな温泉地。

びた感があり、風情のある処なのですが、
この時の御一行様にはそんな趣きをむ、殊勝な心は持ち合わせていませんでした。

ならば残された選択肢は宴会のみ。心して臨むべし。
まずは一端、酔い覚ましと身を清める為に、温泉に浸かるべし。

厚狭(あさ)の三年寝太郎

言うまでもなく、二日酔い。

行きの車中とは正反対の、静かな帰り道です。
バスのエンジン音だけが響いています。誰も口を開こうとはしません。愚か者どもめ。

結局、宴会開始から朝方までダラダラと飲み続けてほぼ全滅しました。

しかし、他に遊びに出ていく場所も無く、結局同じ宿で皆が飲食を共にし、普段の愚痴や仕事の話などをしたことはかえっていいコミュニケーションが取れたという事では?
だとすると、この鄙びた温泉地への社員旅行はある意味正解かも?
更にもっと言えば、それを見込んでこの地を選択したなら、社長は策士かも?

イヤイヤ、まだ酒が脳に残って、有り得ない事を妄想してしまったか。
そんな訳ないか。社長が一番はしゃいでたし、今もイビキかいて寝てるし。

「ねこまたぎさん、着いたみたいですよ。降りますよ。」うん?またツルか?

なんか夢見てたな。忘れたけど。

「着いたって?ここどこ?」
「厚狭(あさ)ですよ。厚狭駅。来た時も新幹線から降りた駅ですよ。」

(厚狭?聞いたことないし。
え?昨日も来てたって事?覚えてないし。
マズい。)

「おっ、そうか。厚狭ね。ハイハイ。」
(ヤバい、ヤバい。)

バスを下車し厚狭駅構内へ。
ここで、唯一の素面である添乗員サンから覚悟の一言が。

「あ、あの~実は運行変更の確認が取れておりませんでして…。
皆さんの新幹線の便は1時間後の便でして…ハイッ、本当に申し訳ございません。
ごめんなさい。すみません。ご迷惑をお掛けして…」

飲み疲れた烏合の衆には酷な宣告。

「あ~大丈夫、だいじょうぶ。モーマンタイ、アハハ!」
うんざりした表情を皆が浮かべる中、発言の主はやはり部長。

「おい!ツル!キオスケでビール買って来て!ほらカネ。足りる?
とりあえず12本位でいいか?足りない分はツルちゃんのおごりどうぇ~す!アハハ!」
終わったねこの人は。まだ飲むか?そしてそれ、“キオスク”。

駅の構内、待合室で再々度、宴会を始める民に辟易。
この雰囲気から逃げたい想いに駆られ、ふと横を見ると、自らの失態に恐縮して、項垂れている添乗員。

大丈夫か?チョット気になって、

「この辺で、何処か観るような場所あります?」

話を振ってみると、ビクッとしながらも少し考えて、
「あっ、寝太郎神社がありますね。」と返答が…。

「寝太郎神社?なんです、それ?」
「三年寝太郎の話知りませんか?言い伝えというか、民話というか。」
「あ~知ってるよそれ。三年間寝てた怠け者が、目覚ましたら世のため人の為に働くって話?
確かそんなんだろ?」
さすが、どっかの宴会部長とは違って、落ち着いたベテラン社員のニシさん。
「行ってみようや。兄ちゃん案内できる?」
「たぶん。ここからすぐ近くだと思いますから。」

それは道路沿いにひっそりと在りました。

言われなければ、見落として通り過ぎてしまうほどの、簡素でこじんまりとした神社でした。

小さな鳥居をくぐって境内に入ると、祠と石碑があるだけで、割と寂しい佇まいで。

しかし、折角なので一応参拝、二礼二拍一礼。

出典:https://www.city.sanyo-onoda.lg.jp/

すると、別にここで寝太郎が三年間寝てた訳ではないのに、何故かそんな映像が浮かんできました。
ひっそりとしててどことなく侘しいはずなのに、何となくのどかで、どこかあったかく、そして懐かしくて。
忘れかけていた気持ちを拾った気がして。… 少し救われた気がして。

はやく 帰りたい

ようやく帰路に。そして新幹線の車内。
もうぐずぐず、ぐだぐだ。
12本のビールは何故か倍以上に膨れ上がっていました。

「ハイ!ねこまたぎさんも1本。さっき厚狭駅の“キオスケ”のおばちゃんにも
『昼間っからほどほどにしときよ。もうメートル上がっちゃてるじゃない?』
って言われちゃいました。で、なんすか?メートルって?」

はいはい。ありがとう。ツルちゃん。あっち行っててね。
ビールを開けグッと一口。
そう。しょうがないので。

そして企画書の事を思い出しました。
私、一応この社員旅行の“社員”であることは間違いないのですが、その裏でバンド活動をするなどという、酔狂な一面も持っており、さらには、エラそうにライヴイベントを企画したりしていました。そしてここに出てくる企画書というのは、半年後に予定しているイベントの企画要望書の事でした。

アマチュアバンドが5~6組出演予定の、まあ言ってみれば小規模ライヴですが、ライヴハウス以外の施設を借りて行うとなると、なかなか面倒で難しく、イベントの主旨、概要、意義、などの要望書をはじめ、音響会社への依頼、飲食ブースを設営するなら食品衛生の届出など、その他諸々厄介で。

しかも半年後ですが、実は、それではもう遅い位の段取りでして。

最初はこの煩雑な作業も楽しかったのですが、イベントを重ねるにつけ、疲弊してきているのも事実。

じゃあ、辞めたら?そう。それでお終い。だけど今はもうちょっと続けてみたい。
何かこの先にあるような気がして。

そんなモヤモヤとした折での今回の旅行でした。

気分転換にと思い参加してはみたものの、ただのへべれけ御一行様の同行者に。
やっぱり、無駄足だったのか?
不参加で、家で企画書考えてた方が良かったのか?
いけない、いけない。またぐじゃぐじゃ考え出したよ。悪い癖だよ。

あ~はやく帰りたい。言ってもどうしようもないか。
ここは新幹線の中。所謂、俎板の鯉。
せめてもと、新幹線の中を走ってみても意味はなく、成す術なし。
ならばいっそのこと、ビール飲んでチョット寝るとしますか?
そう、しょうがないので。

しかし、寝太郎神社、不思議な空間だったな。
こういうのを「癒される」っていうのかな?
けど、三年間も寝てたなんて悠長な話だし。今じゃ考えられないね。
世間様から取り残されてしまうね。いつまで寝てんだよ。このボンクラめってね。
寝太郎じゃなくて浦島太郎になっちまうよって。おっ、上手いこと言うね。

チョット酔ったか?口汚くなってしまった。

いっそのこと夢が夢でなくなれば楽になるかな?そりゃ現実逃避か?
夢は夢のままでなんてね。
まだ到着まで結構時間あるな。やっぱりチョット寝よう。寝て夢でも見ますか?
「お~い!ツル。ビールまだある?」

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