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The Lounge Lizards

The Lounge Lizards 音楽
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go their separate ways

ここではラウンジ・リザーズを構成していた代表的なミュージシャン達の活動を追ってみました。

John Lurie 2

1990年代に入るとジョン・ルーリーはラウンジ・リザーズとは別に「The John Lurie National Orchestra (ジョン・ルーリー・ナショナル管弦楽団)」なるユニットを結成。

ラウンジ・リザーズの緻密にアレンジされた音楽とは異なり、ドラムとパーカッション、ジョン・ルーリーのサックスという編成で即興演奏が主体の音楽でした。

これら音楽活動と並行して映画にも携わるスタンスは変わらず、1995年に公開された映画「Get Shorty」では音楽を担当、グラミー賞にノミネートされました。

また1999年、ジョン・ルーリーは「MARVIN PONTIAC(マービン・ポンティアック)」という架空の人物設定でアルバムをリリース。
独特の創造性と、それまでにない新たな一面を垣間見せました。

洒落ともユーモアとれる作品でしたが、その音楽はデヴィッド・ボウイやイギー・ポップらのアーティスト達から賞賛を受けました。

順風なジョン・ルーリーでしたが、1994年神経症状を患い、2000年以降は「ライム病」の症状で健康障害をきたすようになりました。

このため俳優・ミュージシャンの活動縮小を余儀なくされ、アートに専念。

冒頭の絵画もそういった経緯で描かれたものです。

また、彼の初期の作品のほとんどは水彩と鉛筆で描かれていますが、2000年代からは油彩でも描かれており、その作品は世界各地の美術館で展示されてきました。

2008年には作品集『A Fine Example of Art』が出版されました。

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Arto Lindsay 2

ラウンジ・リザーズのファーストアルバムに参加、そのノイジーなサウンドと圧倒的な存在感で多大なインパクトを残したアート・リンゼイ。

同時進行していたDNAの活動はカルト的な人気を博するようになりましたが、その支持層はロック・ファンよりもアート系の人々が多かったといわれています。

ノーウェーヴを代表するバンドとなり多方面にその影響を与えたDNAでしたが、1982年に解散。
4年ほどの短い活動期間でした。

1984年にはソロアルバム『ENVY(エンビィ)』をリリースした後、Ambitious Lovers(アンビシャス・ラバーズ)を結成。

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DNAがノイズ・パンク、ラウンジ・リザーズはジャズでしたが、このアンビシャス・ラバーズはアート・リンゼイ自身のルーツであるブラジル音楽をベースとしたサウンドに変化、3枚のアルバムを残し活動は停止しました。

その後、ソロの活動に専念。ギタリストして個人名義でアルバムをリリース。
また作曲家てその名を知られています。

Evan Lurie

ジョン・ルーリーの弟でありラウンジ・リザーズ創設以来のメンバーであるエヴァン・ルーリー。

ピアニストでもあり作曲家でもあった彼も、兄同様ラウンジ・リザーズの活動と並行してソロ活動を行っており、1987年アルバム「Pieces for Bandoneon」をリリース。

その中の楽曲は東映配給の日本映画「ちょうちん」の音楽として挿入されました。

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バンドネオン奏者アドルフォ・ペデルネラを迎え、ギタリストとしてマーク・リボーも参加。
プロデュースにはラウンジ・リザーズのアルバム Big Heart Live in Tokyo(1986)を担当したオノ・セイゲンも参加。日本での知名度をさらに上げることになりました。

その後日本のシンガー・ソングライターSIONのニューヨーク録音にマーク・リボーとともに参加。
タンゴ調によるアレンジで話題となりました。

1990年代になるとツアー活動、映画音楽と活動を広げ、2001年からはニコロデオンという子供番組制作チャンネルの作曲家として音楽制作を務めました。

Marc Ribot

from .wikipedia

Marc Ribot(マーク・リボー)
1954年アメリカ合衆国ニュージャージー州生まれ。

ギタリスト、作曲家として主に実験音楽、フリー・ジャズの分野で活動。

1978年にニューヨークに移り、Jack McDuff(ジャック・マクダフ)Wilson Pickett(ウィルソン・ピケット)のバック・バンドを経て、1984年、ラウンジ・リザーズにアート・リンゼイの後任として加入。

そのギター・スタイルはビブラート、スクラッチ、ピッキング・ノイズやアンプによる歪み、フィードバックなどに特徴があり、その独特なサウンドによるセッションプレイヤーとしての評価も高く、数多くのミュージシャンのアルバムに参加しています。

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1985年にはジョン・ルーリーと共にトム・ウェイツのアルバム『レイン・ドッグ』に参加、その後もトム・ウェイツのアルバム制作やツアー・メンバーに加わり、日本でマーク・リボーのプレイは高い評価を得ました。

1987年にラウンジ・リザーズのメンバーだったトロンボーン Curtis Fowlkes(カーティス・フォークス)、サックスRoy Nathanson(ロイ・ネイサンソン)らが結成したThe Jazz Passengers(ジャズ・パッセンジャーズ)に参加。

またElvis Costello (エルヴィス・コステロ)のアルバム『SPIKE(スパイク)』(1989年)への参加、その後共演を重ねるようになりました。

1990年、初のリーダー・アルバム『Rootless Cosmopolitans』をリリース。その後も数々のソロ、リーダー、グルーブのアルバムをリリースしています。

 

ラウンジ・リザーズをきっかけに集まったミュージシャン。
ここで挙げたメンバー以外のミュージシャンもそれぞれの音楽を展開。その活躍は枚挙に暇がない程です。

これだけのミュージシャンが集まって唯一無二の音楽を創り上げたラウンジ・リザーズ。
それはまさに“奇跡”と形容するしかありません。

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