1970年代のジャマイカ、ルーツ・ロック・レゲエの代表的なギタリストとして知られるEarl “Chinna” Smith(アール・“チナ”・スミス)。
ルーツ・レゲエバンド、Soul Syndicate(ソウル シンジケート)での活動や、Bob Marley & The Wailers(ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ)のギタリストとして知られる他、数多くのレゲエ アーティストとセッション、レコーディングを行っており、500 枚以上のアルバムに参加。
レゲエ・ギタリストの第一人者として現在も活躍しています。
Earl “Chinna” Smith sound system
Earl “Chinna” Smith(アール・”チナ”・スミス)1955年8月6日、ジャマイカ・キングストン生まれ。
本名 Earl Stanley Smith。
キングストンのグリニッジ ファーム地区で家族の友人によって育てられました。
スミスの父親は当時、音楽プロデューサーのBunny Lee(バニー・リー)によって運営されていたサウンド・システムを所有しており、身近で音楽に触れられる環境に居ました。
【サウンド・システムとは?】
野外ダンスパーティなどを提供する移動式の音響設備のこと。
またはこの設備を使って音楽を演出、提供する集団を指します。
一般的に移動式の巨大なスピーカー・セットとアンプ・セット、ターンテーブルなどの機器から成るサウンド・システムは1940年代にジャマイカの首都、キングストンのゲットーで生まれました。
From wikipedia
オーディオセットなどが普及していなかった当時のジャマイカ。
音楽好きの酒屋やバーの経営者等がストリートにスピーカーを持ち出し、R&Bやブギなどをかけたりしていたのが始まりと言われており、レコードを鑑賞できる唯一の手段でした。
その後、時代の変化と共にレコードレーベル経営へ発展など、ジャマイカ音楽産業、さらには文化的考察にも欠かせない要素となりました。
そのような環境にあったスミスは、おもちゃのサウンドシステムを使って大人の真似をして遊んでいたため(ハイファイアンプにちなんで)「チューナー」というあだ名が付けられました。
その後、それが訛って「チンナ」そして「チナ」と呼ばれ、「アール・”チナ”・スミス」となりました。
さらに10代になると、ギターに興味を持つようになり、イワシの空き缶と釣り糸を使ってギターを自作したりしました。
音楽を聴いて、その音を弾いてるかのように真似していたよ。
また、子供の時から歌ってもいた。歌だけも良いけど、ギターを弾きながら歌う方がなおいい。音楽は子供の頃から常にまわりにあって育ったんだ。
私にはふたりの父親とふたりの母親がいるんだが、どちらもサウンド・システムをやっていて、グリニッジ・ファームでレコードをプレイしていてね。だから私も、LPや7インチなどを子供の時に毎日聴いていたよ。その時のことをまだ覚えているけど、DJがレコードを回している横で誰かがギターを弾いてたんだ。
それがたまらなくカッコよくてね。
でも、子供ながらにリスペクト心があったから、女性に軽々しく触れないのと同じように、ギターにも許可がないと触らなかった。”ギターを触ってもいいですか?”って、ちゃんと権限を持っている人に聞かなきゃいけなかったんだ。」
アール・チナ・スミス本人が語る ルーツ・ロック・レゲエが生まれた現場|ギター・マガジン2017年9月号より
その後スミスは友人のアール・アンソニー・ジョンソン(Earl Anthony Johnson)らとともにボーカル・グループRush-It(ラッシュ・イット)を結成し、定期的にSoul Syndicate(ソウル・シンジケート)というバンドのセッションに参加するようになりました。
アール・ジョンソンはのちにEarl Zero(アール・ゼロ)としてルーツ・レゲエ全盛期に活躍するシンガー・ソング・ライターとなります。
Earl Zero
ソウル・シンジケートは元々はRhythm Raiders(リズム・レイダース)という名で1972年から活動していたレゲエ・セッション・バンドで、創設者はベースのGeorge ‘Fully’ Fullwood(ジョージ・”フル”・フルウッド)でした。
Soul Syndicate From discogs.com
スミスはバンドのギタリストであるCleon Douglas(クレオン・ダグラス)からギターの基礎を教えてもらうようになりました。
元々ギターに興味関心があったスミス。
演奏技術は非の打ちどころが無いレベルまで上達しました。
その後ダグラスが米国に移住することとなり、スミスはそのままバンドに加わることになりました。
ギタープレイの才能が開花すると共に、徐々にバンドのイニシアチブを取る存在になって行きました
また、ソウル・シンジケート以外のでも数々のセッションバンドにギタリストとして参加。
前述のように幼少期からの旧知の大物プロデューサー、バニーリーのお抱えのセッション・バンド、Aggrovators(アグロベーターズ)でも活動。
レゲエ・アーティストでプロデューサーでもあるKeith Hudson(キース・ハドソン)のアルバムにギター、ヴォーカルで参加。(この時はアール・フルートという仮名でクレジットされています。)
また、Lee “Scratch” Perry(リー・“スクラッチ”・ペリー)のバンド、The Upsetters(アップセッターズ)でも演奏しました。
こうした活躍が当時ボブ・マーリーの一団にいたDennis Brown(デニス・ブラウン)の目に留まり、1976年アルバム『Rastaman Vibration(ラスタマン・ヴァイブレーション)』に召集され、Bob Marley & The Wailers(ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ)に加入することになりました。
スミス本人がこう語るように、これまで共演したアーティストの中でレゲエ・キングであるボブ・マーリーは特別の存在でした。
こうしてボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズに加入。
1978年の歴史的なワン・ラブ・ピース・コンサートでマーリーのバックを務めました。
その後も数々の楽曲に参加。生前のボブ・マーリーの音楽をサポートしました。
数々のアーティスト達のバックミュージシャンとして活躍するスミスですが、1977年UK「Third World」レーベルから1stソロ・アルバム「Sticky Fingers」をリリースしました。
Sticky Fingers (1977)
- Swinging Shuffle
- Answer In Sound
- Time Is Moving On
- Forward The Hands Of Time
- Melody Of Love
- Mark This Sound
- Sound Of War
- Cultural Music
- Age Is Showing
- Dread Lock Shuffle
- Raving Sound
- Baby Be Sure
- Guitar Rockers
- A Rocking Melody
アルバムはスミス本人とバニー・リーによるプロデュースで、バックミュージシャンもオールスターと呼ぶべきアグロベーターズで、スミスのサウンドがよく理解された環境で作られました。
また本アルバムは「Earl “Chinna” Smith」ではなく「Chinner」という名義でリリースされています。
スミスらしいリズミカルなリード・ギターが冴える冒頭1.「Swinging Shuffle」。
また当時スミスがよく使っていたワウ・ペダルによる2.「Answer In Sound」や7.「Sound Of War」など、絶妙なワウ・サウンドを聴くことができます。
リズムギターで定評のあるスミスですが、本作では彼のリードギターがたっぷりと味わえます。
インスト・レゲエの名盤。必聴です。
High Times Prayers
1980年、スミスはFreedom Sounds(フリーダム・サウンズ)を手掛けたBertram Brown(バートラム・ブラウン)と共にHigh Time(ハイ・タイムズ)というレーベルを設立。
これと同時にHigh Times Players(ハイ・タイムズ・プレイヤーズ)というバンドも結成。
多くのミュージシャンのアルバムをサポート、リリースしていきます。
そんな中、1983年にNature Soundsというレーベルからリリースされたのが「Dub It!」でした。
Dub It! (1983)
- Dub It!
- Dub System
- Every Time Eye Ear De Dub
- Whiteman Dub
- Who Mi Dub?
- Hard Times [Love Theme In Dub]
- Butta Pan Dub
- New Dub
- Postpone Dub
- Free Up The Dub
- Whe Mi Dub? [Alternate]
- Whiteman Dub [Alternate]
それまでのスミスのイメージとは真逆の大胆なダブの手法を取り入れた意欲作。
バックには前述の自身のバンド、ハイ・タイムズ・プレイヤーズに加え、Augustus Pablo(オーガスタス・パブロ)やザ・ウェイラーズで活躍したCarlton Barrett(カールトン・バレット)やLeroy’Horsemouth’Wallace(リロイ・”ホースマウス”・ウォレス)など当時ジャマイカの第一線で活躍していた腕利プレーヤーを一同に集結させレコーディングされました。
アルバムタイトル曲の1.「Dub It!」。
パーカッシブなイントロからヘヴィーなベースが絡んでくるシンプルなナンバーで、ここでのベースはスミスによるものです。
そしてオーガスタス・パブロのメロディカが特徴的な5.「Whe Mi Dub?」。
続く6.「Hard Times [Love Theme In Dub]」ではホーンの合間を縫うジャジーなスミスのギターを聴くことができます。
このアルバムがリリースされた1980年代初頭は、ルーツ・レゲエからダンスホール・レゲエへと移行していく時期でした。
ドラムマシーンやサンプラーなどの打ち込みが使われるダンスホール・レゲエですが、初期は、生楽器の演奏によるヒューマン・トラックが主であり、まだ完全にデジタル化していませんでした。
本アルバムはダブからの流れも含め、このちょうど過渡期のサウンドとなります。
そして補足事項として、実はこのアルバムには“元ネタ”となるアルバムがあります。
Mutabaruka『Check It!』
それが同時期にハイ・タイムズ・レーベルからスミスがプロデュースしたMutabaruka(ムタバルカ)の1983年のデビュー・スタジオ・アルバム『Check It!』。
本アルバムと並行してレコーディングされており、こちらはムタバルカのヴォーカルが入っており、聴き比べてみるのもおススメです。
Home Grown(1991)
- Modern Ska
- Westmoreland
- High Gear
- Stone Out Of My Mind
- Line & Space
- My Imagination
- You Will Know
- Daniel
- Home Grown
- Fade Away
- Pick Pocket
- I Feel Secure
ルーツ・レゲエの重鎮ながら大胆にダブを取り入れた前作から10年近く経った1991年にリリースされたアルバムが「Home Grown」です。
今回はルーツ的なサウンドかと思いきや、またしても期待を裏切られます。
レゲエというよりはポップなフュージョンのようなサウンド。
しかも違和感なくリードしているスミスのギター。
その才能の幅広さを再認識することができます。
アルバム前半はインストの楽曲で構成されており、8.「Daniel」からの後半はヴォーカルのナンバーが続きます。
アルバムタイトル曲の9.「Home Grown」はスミスの代表曲ともされるナンバー。
続く10.「Fade Away」も後にアコースティック・ヴァージョンでリリースされた人気の高い楽曲です。
決して流暢とは言えないスミスのヴォーカルですが、無骨で飾り気のない歌声は不思議と惹きつけられる魅力を帯びています。
ちなみに今作もバックミュージシャンはハイ・タイムズ・プレイヤーズ。
スミスに限らず、「“レゲエ”を超えた」本アルバムでも、その柔軟でハイレベルな演奏は聴き応えがあります。
Inna De Yard
1990年代に入るとレゲエ・シーンは、一時的にルーツ・レゲエに回帰する動きがある一方で、テクノやエレクトロニカ系の新たなレゲエの解釈やヒップホップとの融合など多様化していきました。
そんな中、2000年代に入りリリースされたアルバムが「Earl ‘Chinna’ Smith & Idrens」。
メディアに露出し、デジタル化していく商業的レゲエに逆行するシンプルなアルバムです。
Earl ‘Chinna’ Smith & Idrens/Inna De Yard (2004)
- Home Grown – Earl Flute
- Well Ah O – Darajah a.k.a Jah Youth
- All With Life – Israel Voice
- Judgement – Ade Culture
- We Got Love – Earl Flute
- Medecine Man – Ras Michael Junior
- Satan Side – Chinna
- Grow Spiritualy – Emmanuel I
- Mariwana – Chinna
- A Chapter A Day – Ken Bob
- Humble Servant – Chinna
- Are You Ready – The Maestro
- Daniel – Earl Flute
Inna De Yard(インナ・デ・ヤード)というレーベルからリリースされた本アルバムは、至極シンプルなサウンドで構成されています。
スミスの自宅の庭にアコースティック・ギターとパーカッションなど最小限の楽器で集い、自然と音を出しセッションしていくスタイルで録音。
旧知のアーティスト仲間も参加したテイクもアルバムに収録されています。
ルーツレゲエのさらにルーツとでも言うべきサウンドで、本来あるべき形態を提示して見せたアルバムとも言えるでしょう。
そもそも2000年代にフランスのレーベルMakasound (マカサウンド)が企画したInna De Yard(インナ・デ・ヤード)レーベル。
そのシリーズ第一弾としてスミスをフューチャーしたのが本アルバムです。
Inna De Yard(インナ・デ・ヤード)とはジャマイカのパトワ語で「庭の中」を意味し、ジャマイカの音楽文化の真髄を再現させるレーベルで、シンプルでアコースティックなアプローチに戻し、言葉通り屋外での楽器や声の自然な振動に近づけるサウンド制作をしています。
前作のアルバムのタイトル曲でもある1.「Home Grown」もここでは弾き語りによるスタイルで、キャリアを重ねたスミスならではの唯一無二の存在感を感じることができます。
5.「We Got Love」はレゲエというよりはブルース寄りのナンバー。
スミスのヴォーカルが染み入ります。
6.「Medecine Man」ではRas Michael Junior(ラス・マイケル・ジュニア)がヴォーカルのナンバーです。
彼やKiddas I(キダス・アイ)などアルバムに参加しているミュージシャン達はキャリアや実力を兼ね備えているにも関わらず、残念ながら注目度が低いポジションにいました。
そんな彼らをフューチャーしている点もこのInna De Yard(インナ・デ・ヤード)シリーズの功績であり評価されている点です。
Earl ‘Chinna’ Smith & Idrens/Inna De Yard Vol.2 (2008)
- Harvest Uptown, Famine Downtown – Earl ‘Chinna’ Smith
- Be Careful – Matthew McAnuff
- Graduation In Zion – Kiddus I
- Rebel – Barry ‘Merger’ Ford
- Who Yeah Yah – Derajah
- Detour – The Viceroys
- Greater – Emmanuel I
- Fade Away – Earl ‘Chinna’ Smith
- Gnashing Of Teeth – The Mighty Diamonds
- Can’t Stop The Youths – Binghy Carlton & Patrick Andy
- Thief In The Vineyard – The Congos
- Six Strings – Earl ‘Chinna’ Smith
- Yahoo – The Viceroys
さらに2008年、Inna De Yard(インナ・デ・ヤード)シリーズの第二弾としてリリースされたアルバムが「Earl ‘Chinna’ Smith & Idrens/Inna De Yard Vol.2」です。
前作同様、スミス指揮のもと、The Mighty Diamonds(マイティ・ダイアモンズ)やThe Congos(コンゴス)といったレジェンド・アーティスト達が多数ゲスト参加し、豪華なラインナップになっています。
スミス自身のヒット曲のセルフカヴァーはもちろん、映画「ロッカーズ」で知られるKiddas I(キダス・アイ)による“Graduation In Zion”のカヴァーなどを収録。
コアなレゲエ・ファンならずとも必聴のアルバムです。
こちらはスミスによる1.「Harvest Uptown, Famine Downtown」。
スミスの存在感あるヴォーカルにコーラスが加わった印象的なナンバーです。
それぞれのアーティストの個性が際立つシンプルな楽曲が収録。
そのどれもが力強く、時を重ねて来たその揺るぎない信念と矜持、そして衰えることのない音楽への情熱を感じることができます。
soul&spirit
最後になりましたが、ジャマイカ・レゲエ界には3大ギタリストがいます。
Ernest Ranglin(アーネスト・ラングリン)、Lynn Taitt(リン・テイト)そしてアール・チナ・スミス。
1950年代後半、ジャマイカ音楽のすべてのルーツである“スカ”を生み出した音楽集団=スカタライツに在籍し、今なおギター・インストの傑作を生み出し続ける大巨匠、アーネスト・ラングリン
1960年代半ば、トリニダードの伝統音楽であるカリプソのスタイルをジャマイカに持ち込み、後の“ロックステディ”~レゲエの確立に多大なる貢献を果たしたリン・テイト。
Ernest Ranglin
from guitarmagazine.jp
Lynn Taitt
from rollingstonejapan.com
ラングリン、リン・テイトらの次の“レゲエ”世代にあたるスミスは、70年代レゲエ/ダブのほとんどのレコーディングに参加しているルーツ・レゲエの第一人者です。
こうして脈々と流れ受け継がれるジャマイカ音楽。
そして現在も進化するレゲエ。
長きに渡り様々なアーティストのサポートを務め、時代の流れを見つめてきたスミス。
変遷の中にありながらも本質をを見据えていたからこそ、過去の音を賛美し現在のムーブメントを否定することもありませんでした。
つまり、それは『正しい』か『間違っている』かということではなく、ただその時に何が起こっているかということです。」
reggae-vibes Earl Chinna Smith interviewより抜粋
そこにはレゲエ・ミュージシャンとしてのしたたかさと情熱があると同時に、淡々とあるがままに自由自在でした。