from moondog-music
北欧の民ヴァイキングの衣装。
髭を蓄えたその風貌。
しかも身長2m近くある大男。
都会の背景との違和感は言うまでもありませんが、それ以上に圧倒的なのはその存在感。
何者?
まず、ほとんどの人がそう思うはず。
そう不可思議なこの人物。
やはり只者ではありませんでした。
The Viking of Sixth Avenue
時は1940年代末から1970年代前半。場所はニューヨーク。
不可思議なこの人物は自らをMoondog(ムーンドッグ)と名乗っていました。
そして盲目でした。
彼は今でいうストリートミュージシャンで、路上詩人でもありました。
また自らの意思で路上で生活すると決意、約30年ほどのニューヨーク生活のうち、20年ほどを路上で過ごしました。
そしてその異様な出で立ち。
それは北欧神話に由来するものでした。
ムーンドッグは北欧神話に登場する片目の主神オーディンを自分になぞらえ解釈。
独自のヴァイキング・スタイルでストリートに立つようになりました。
また、自身の音楽性や詩に関する哲学を冊子にして販売。その売り上げを生計とし、その活動拠点はマンハッタンの53丁目と6番街の交差点がほとんどでした。
そのことから、ムーンドッグは「6番街のヴァイキング」と呼ばれるようになりました。
彼の音楽は、地下鉄の音や信号音、車両のエンジン音など“路上の音”からインスピレーションを得たものでした。
マンハッタンの街角に現れた、“月に吠える犬”の意味の名を持つヴァイキング。
都会の雑踏の中、奏でられた彼の音楽もその風貌同様、一筋縄ではいかないものでした。
それはクラッシックをはじめ現代音楽、後の環境音楽(アンビエント・ミュージック)にも多大な影響を与える、まさに先駆けの音楽でした。
Louis Thomas Hardin
Moondog(ムーンドッグ)本名Louis Thomas Hardin(ルイス・トーマス・ハーディン)
1916年アメリカ合衆国カンサス州マリーズヴィルに、米国聖公会の牧師と教会のオルガニストの息子として生まれました。彼は、Mark Twain(マーク・トウェイン)から聖書まで、書物に耽った子供時代を過ごしました。
また、幼い頃から音楽に興味を示し、5歳の時には紙の箱で作った自作のドラムを演奏し始めました。
その後、一家はワイオミング州に移住。
このワイオミング州はもともとインディアン部族が多く住む土地でした。
その名残もあったこの時代、ある時父親はハーディンをインディアンの祭りに連れて行きました。
from ichi.pro/kyo
奇しくもそこでハーディンは、彼等がバッファローの皮で作った太鼓と遭遇。
インディアンの酋長に教わりながら演奏したと言われています。
やがてハーディンはバージニア州ハーレー高等学校に進み、ドラムを演奏し続けていましたが、1932年16歳のある時、ダイナマイトの雷管をそれだと知らずに扱ってしまい爆発。
視力を失ってしまいました。
盲目となったハーディンは1933年にセントルイスにあるミズーリ盲学校に入学。
点字を学ぶと同時に、耳のトレーニングと作曲のスキルを独学しました。
またこの数年間、ハーディンはあらゆる種類の哲学、科学、神話の本を読破しました。
この時とりわけ北欧の神話を読み耽り、自分を古代ケルト人の祭司であるドルイド僧に重ね合わせていたと言われています。
その後、アイオワ州のローワ盲学校ではクラシック音楽の原理を学び、バイオリン、ビオラ、ピアノ、オルガンの演奏を学びました。
1936年、彼はローワ盲学校を離れアーカンソー州ベイツヴィルに移り、奨学金を得る1942年まで在住しました。その後テネシー州メンフィスへ。
Burnet Tuthill
from keisersouthernmusic.com
彼はそれまで主に独学でしかも、ほぼ耳で聴いて学習しましたが、メンフィスにいる間は点字の本から音楽理論を習得しました。
その後メンフィス音楽院で、Burnet Tuthill(バーネット・トゥシル)に師事しました。
そして1943年、ニューヨークで生活を始めます。ハーディン27歳でした。
MOONDOG
ニューヨークに移ったハーディンは、前述のように6番街で演奏を始めるようになりました。
さらに1947年頃、彼は以前 住んでいたハーレーやミズーリに敬意を表すと共に、子供時代に“月に寄り添うようだった”と感じたペットの犬へのオマージュから、「月に叫ぶ」という意味で、Moondog(ムーンドッグ)というペンネームを使い始めます。
初期の彼の音楽は地下鉄、信号、クラクションといった街頭に溢れる音から発想を得たもので、その多くはパーカッションによるリズムを主としたものでした。
作品は比較的単純なものになることが多く、ムーンドッグ自身が
「ぬるぬるしたリズムとでもいうべきもので、4/4拍子に殉じるつもりはない」と述べ、「Snaketime(スネークタイム)」と称しました。
マンハッタンのストリートに突如現れたこの独創的な音楽は、次第にニューヨークの音楽人の注目を集めるようになります。
もともとニューヨークの中心都市マンハッタンは経済・文化の中心。
ありとあらゆるものが集まる場所でもありました。
Leonard Bernstein from wikipedia
7番街にあったカーネギーホールもそういった場所の1つでした。
そしてしばしばカーネギーホール周辺にも現れていたムーンドッグ。
出入りする作曲家やミュージシャンと話をすることもあり、クラッシック界ではLeonard Bernstein(レナード・バーンスタイン)やArturo Toscanini(アルトゥーロ・トスカニーニ)といった著名人と出会うことになります。
また彼が拠点としていた通りの一つ筋違いは52nd ストリート。
ジャズ・クラブが立ち並ぶジャズのメッカでした。
Charlie Parker from wikipedia.
Benny Goodman from wikipedia.
自然、そこに集うジャズ・ミュージシャン達の目にも留まるようになり、大御所Charlie Parker(チャーリー・パーカー)やBenny Goodman(ベニー・グッドマン)にも出会います。
そしてこのジャズのスウィングの手法は、後のムーンドッグの作品に影響を与えることになります。
1950年には、ロジンスキによって多数のムーンドッグの作品がSP盤、シングル盤、EP盤などが、ジャズ・レーベル多数からリリースされるようになりました。
またこの頃、ムーンドッグはアイダホ州のインディアンの儀式に参加し、パーカッションとフルートを演奏。
幼い頃に接していたネイティブアメリカンの音楽に回帰しました。
ムーンドッグの音楽の基礎を作ったのは、ニューヨークで出会ったジャズ、アイオワ州で学んだクラシックとともに、ストリートに溢れる生活音と混合されたこのネイティブミュージックでした。
Snaketimes Rhythm
On The Streets Of New York (1953)
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- Avenue Of The Americas (51st Street)
- 2 West 46th Street
- Lullaby (2 West 46th Street)
- Fog On The Hudson (425 W 57th Street)
- Utsu
- On And Off The Beat
- Chant
- From One To Nine
1953年、そんなムーンドッグの音楽をまとめたアルバムがリリースされました。
録音と編集を担当したのは、マンハッタンの喧騒の中、まだ無名だったムーンドッグを録り続けたニューヨークの録音技師Tony Schwartz(トニー・シュワルツ)でした。
Tony Schwartz from loc.gov/rr/record
そしてこのアルバムの特徴は、スタジオ録音ではなく、現地でストリートの生の音を録音するフィールド・レコーディングによるものということでした。
港の汽笛音が見事に融合した4.「Fog On The Hudson」、東洋的なメロディが印象的な5.「Utsu」などパーカッションのグルーブを基調にムーンドッグ独自の音楽が凝縮されており、初期の名盤といわれています。
そしてムーンドッグに着目したトニー・シュワルツは、録音技師であるとともに、新しい音楽を見極める“先見の明”があったという証でもありました。
Moondog and His Friends (1953)
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- Dragon’s Teeth – Voices of Spring
- Oasis
- Tree Frog – Be a Hobo
- Instrumental Round – Double Bass Duo –
- Theme and Variations – Rim Shot
- Suite 1 – First Movement/Second Movement/Third Movement
- Suite 2 – First Movement/Second Movement/Third Movement
同年1953年に10インチでリリースされたMoondog and His Friends
パーカッションによる演奏をベースに、ピアノやヴァイオリンの音が加わり、さらに想像力溢れた作品です。
バロック的な要素やクラシックな美しい室内楽も収録されており、ムーンドッグの非凡な才能が徐々に垣間見えてくる作品です。
こちらはこのアルバムに収録されている6.「Suite 1 – First Movement/Second Movement/Third Movement」の音源です。
そしてこの同楽曲を管楽器で再現したのがこちら。
この独特なパーカッションはムーンドッグが発明した「トリンバ」というもの。
そしてこの「トリンバ」を演奏しているのは、ムーンドッグの友人であったスウェーデンの打楽器奏者Stefan Lakatos(ステファン・ラカトス)という人物。
またムーンドッグはラカトスにこの楽器の製作方法も伝えており、まさにムーンドッグの音楽を継承する人物でもあります。
1950年代の楽曲でありながら、現在聴いてもなんの遜色もなく、むしろ新鮮に聴こえるムーンドッグの作品。あらゆる分野に影響を与えたと言われるその音楽が、今なお評価される所以です。
More Moondog (1956)
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- Duet-Queen Elizabeth Whistle snd Bamboo Pipe
- Convaersation and Music at 51st and 6th Avenue(New York City)
- Hardshoe(7/4)Ray Malone
- Tugboat Toccata
- Autumn
- Seven Beat Suite(3parts)
- Oo Solo(6/4)
- Rehearsal of Violetta’s Barefoot Dance
- Oo Solo(2/4)
- Ostrich Feathers Olayed on Drums
- Oboe Round
- Chant
- All Is Loneliness
- Sextet(OO)
- Fiesta Piano Solo
- Moondog Monologue
1956年にリリースされたアルバム。
一連のアルバムと同様、ストリートの息遣いが感じられる作品です。
インドや東洋を連想させる旋律、北欧やアフリカなどの世界の民族音楽のエッセンスを取り入れた楽曲などが大半を占めるなか、即興のようでありながら計算された声楽曲があったりと、自由奔放な音楽性は彼の才能の奥深さを感じさせます。
The Story of Moondog (1957)
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- Up Broadway
- Perpetual Motion
- Gloving It
- Improvisation
- Ray Malone Softshoe
- Two Quotations In Dialogue
- 5/8 In Two Shades
- Moondog’s Theme
- In A Doorway
- Duet
- Trimbas In Quiarters
- Wildwood
- Trimbas In Eights
- Organ Rounds
1956~1957年ニューヨークにて録音されたアルバム。
パーカッション主体の楽曲の中、随所に顔を見せるクラシカルな要素を含んだ楽曲が印象的。
かつてヨーロッパで流行したカノンやラウンドと呼ばれる「輪唱」形式の作曲です。
短い繰り返しのメロディが数小節ずつ、ずれながら重なり複雑な響きを生み出していくその音楽は、ムーンドッグの特徴のひとつとして挙げられます。
また、ジャケットのアートワークはポップアートの第一人者Andy Warhol(アンディ・ウォーホル)によるもので、ウォーホルの母であるJulia Warhol(ジュリア・ウォーホル)のカリグラフィーを使用しているのも注目です。
当時、アンディウォーホルは広告デザイナー・イラストレーターとして成功していましたが、ポップアートを確立する以前の話でした。
アート界なども巻き込んだ当時の音楽シーン、強いてはカルチャーシーンが窺えるエピソードです。
Great underrated musician
ムーンドッグの存在は音楽のみならず文化、アートと呼応し様々な反応を生み出しました。
そしてその影響は絶大なものでした。
「過小評価された偉大なミュージシャン」
彼はしばしばそう称されました。
しかしその反面、彼の音楽は継承され、再評価されているのも事実。
ニューヨークの真ん中に突如現れた盲目のヴァイキングは、遥か先の世界を見つめていたのかもしれません。
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