後始末なら、慣れてるつもりさ
「申し訳ないけど、もうそろそろ閉店なんで、最後の一杯にしてくんねぇかな?
今日はこの位にして。まだまだダラダラ飲みたいだろうけど。」
満席でやかましいほど賑わっていた店内も、深夜になるにつれて落ち着きを取り戻して行きます。
それぞれが明日のために、それぞれのねぐらへ帰る時間。
それでもなお、居座っている輩、帰る所が無いのか、帰りたくないのか。
酔い潰れて寝ている輩、いい夢がみれていればイイけど。そして続きが、家で見れたらイイけど。
「さあ、もうおしまいだよ。気を付けて帰りな。」
そして、誰も居なくなった店内。
さっきまでの喧騒が手の平を返したような気怠い静けさの中、一人、おもむろにピアノを弾き始めました。
CLOSING TIME
Tom Waits(トムウェイツ)。1949年12月7日 カリフォルニア州ボモーナ生まれ。
15歳の時にサンディエゴのピッツァハウスで働き始めました。
(トムウェイツ「クロージングタイム」ライナーノーツより引用)
この頃のことを後に彼はこう語りました。
その後も印刷工、カーウォッシュ、トラック運転手、バーテンダー、ドアマンなどの職を経験し、やがて“ザ・ドアーマン”という店で職に就きます。
そこで詩を書き、歌を作り、ギターやピアノを弾き、やがてそれを歌い始めました。
コーヒーの香りと煙草の煙に包まれながら。
そしてこの弾き語りが評判となり、1973年デビュー。
“真夜中の住人”は明るい大通りに出ることになったのです。
~今、太陽は昇り、オレは幸せをのせて走る~
(OL’55の歌詞より抜粋)
CLOSING TIME / TOM WAITS
- OL’55
- I HOPE THAT I DON’T FALL IN LOVE WITH YOU
- VIRGINIA AVENUE
- OLD SHOES(& PICTURE POSTCARDS)
- MIDNIGHT LULLABY
- MARTHA
- ROSIE
- LONELY
- ICE CREAM MAN
- LITTLE TRIP TO HEAVEN( ON THE WINGS OF YOUR LOVE)
- GRAPEFRUIT MOON
- CLOSING TIME
トムウェイツのデビューアルバムにして名盤の誉れ高い、この CLOSING TIME。
しかし意外にもセールス的にはパッとせず、とても成功したとは言い難いモノでした。
今でこそ評価は高いものの、当時は残念な結果だったと言われています。
とは言ってもやはり名曲揃いで、先程の1.“OL’55”、あのイーグルスがカヴァーしたことでも有名です。
そして、その事がきっかけでトムウェイツに注目が集まった事も確か。
ところが当のトムウェイツ、そのカヴァーされた曲を聴いて「退屈だ。イーグルスは好みじゃないよ。」と言ったとか。やはり只者ではございませんでした。
そして深夜の物憂げなな雰囲気を醸し出す 5.MIDNIGHT LULLABY、
6.MARTHA~8.LONELY にかけてのホッと一息つけるような柔らかさ、
思わず静かに聴き入ってしまう 11.GRAPEFRUIT MOON、
そして一日の終わりを告げる 12.CLOSING TIME。
ひと通り聴き終えた後の余韻も独特です。ハッと我に返るような不思議な感覚を覚えます。
要はトムウェイツ・ワールドというか彼の術中に嵌められていた訳です。これが。してやられたり。
真夜中の住人でもあった所以か、彼の歌の背景にあるもの、その多くは都会の隙間や場末のバーの描写で独特の映像観。
そしてその映像観の中で歌われるのは、酔っ払い、ギャンブラー、チンピラ、娼婦、ホームレスなどのあぶれ者や、しがない労働者、苦労しながらも明日を信じて懸命に生きる者達の悲哀や、心情。
それらを時に辛辣に、時に温かく謳いあげ、様々な人生を描き出して見せました。
酒を飲み、煙草の煙が立ち込める深夜のバーで呟くように歌うトムウェイツ。
まだこのアルバムでは彼の独特の潰れた美声(?)は聴かれませんが、とても20代とは思えない雰囲気を醸し出し、人生の苦渋を知り尽くしたかのような、彼の楽曲のストーリーと演奏は、卓越していました。
この頃、酒を飲む量も増えていたため、周りからは「酔いどれ詩人」の異名で呼ばれるようになりました。
CLOSING TIME。閉店時間というタイトルのアルバムでデビューしたトムウェイツ。
一発屋のように一枚リリースしておしまい、閉店。そうなるどころか、開店、いや祝開店この時から現在に至るまでの唯一無二の怪進撃が始まるのです。
デビューから3年後の1976年、祝開店のいきさつ⁉イヤ違った、ミュージシャン・デビューの経緯を聞かれたトムウェイツ。こう答えたそうで。
たまたま煙草を買ったらついてきたマッチの裏に
“学歴無しで成功する方法ーニューヨーク私書箱1513に5ドル郵送されたし”とあったんだ。
(中略)載っていた職のリストにはあらゆる職種がズラリ。
なんとなくミュージシャンという言葉の響きが気に入って応募したらこうなったってわけさ。
オレは学歴なしで成功した生ける見本ってわけだ。ハッハッハッ。」
(引用文献:トムウェイツ 酔いどれ天使の唄 本文より)
なんだそうだったのか。それは素晴らしい!ではなく…。
これこそトムウェイツ。彼のビッグマウスはこの時からすでに健在。
そしてこのビッグマウスこそ、彼を評する代名詞ともなっていきます。
「いや、いや、俺はいつも本当のことを喋ってるよ。でもオマワリさんの前となると話は別だね。昔からの習性なんだ。(中略)まあ、君の方で適当にでっちあげてくれよ。」
(引用文献:トムウェイツ 酔いどれ天使の唄 本文より)
って言われても適当にでっちあげて書くわけにはいけないので。こっちといたしましては。ハイ。
とりあえず、今回の話はこの辺で“閉店”ということで。 つづく。
20代前半で初めて「CLOSING TIME」の“レコード”を買いました。
溝がすり減るまで聴いてしまったので、30代前半で2枚目の“レコード”に買い換えました。
既に頭の中にインプットされていたのと、CDの普及でレコードの針が希少になった為に、コレクションとして永久保存する方針でしたが、あぶく銭が必要になり、泣く泣くレコードショップに売りました。高額買取でしたが、涙がちょちょぎれました。そしていまCDで3枚目の「CLOSING TIME」を聴いています。