Irregular referrals
不定期なアルバムジャケットのご紹介シリーズ第4弾です。
今回も邦盤に注目、邦盤第2弾です。
歴史的な名盤からあまり知られていないアルバムまで羅列してみました。
相変わらずの独断と偏見によるチョイスはご了承下さい。
それぞれに個性的なアートワークをご覧ください。
MUTE BEAT 「FLOWER」 (1987年)
- Metro
- Hat Dance
- Rhythm And Echo
- From Russia With Love
- Night Flower
- Whisky Bar
- Pain
- Landscape
- Beat Away
MUTE BEAT(ミュート・ビート)は、トランペット奏者のこだま和文を中心にして1982年に結成された日本初のインストゥルメンタル・ダブ・バンド。
日本的で叙情的な旋律と強力なレゲエ・ダブのリズムで独特のサウンドを確立し、世界的にも評価が高く、海外アーティストとの共演も多数。
アシッド・ジャズ、トリップ・ホップを先取りしていた革新的なバンドでした。
「FLOWER」は1987年にリリースされたミュート・ビートの1stアルバムです。
アルバムジャケットはタイトル通り。
一面チューリップの花畑のフォトグラフを使ったデザイン。
シンプルな主張が潔く、美しいアートワークです。
ジャケットデザインは、こだま和文氏によるもの。
作曲、演奏の他、ジャケットデザイン、カバーコンセプトを担当していました。
デビューアルバムとして、ミュート・ビートのイメージを決定付ける印象的な色彩のアルバムです。
インストゥルメンタル・バンドであるため、そのメッセージは楽曲から読み取るのはもちろん、曲のタイトルそしてアルバムジャケットのデザインも重要な要素と捉えられていました。
ちなみにミュート・ビート解散後、こだま和文率いる「KODAMA AND THE DUB STATION BAND」として、2023年にリリースしたアルバムが『COVER曲集♪ともしび♪』。
こちらのジャケットデザインも、こだま氏によるもの。
想像力やイメージに配慮したデザインは、ミュート・ビート時代同様、アルバムの大きな特徴の1つになっています。
from:anywherestore.p-vine.jp
ダブ・バンドとして日本の先駆的な存在であったミュート・ビート。
その後の多くのミュージシャンやアーティストに多大な影響を与えました。
そしてそのダブは今もなお新鮮に響いています。
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あぶらだこ 「あぶらだこ」(青盤) (1986年)
- 北極
- 29
- ガロア
- 祝言
- 硬貨と水
- 陰徳
- 南極
- 泉わき血がおどる
- SLOPE
- 四部屋
- 奇智
- アンテナは絶対
あぶらだこは、1983年に結成された異端の日本のロックバンド。
ハード・コア・パンクシーンの中からデビューしたため、カテゴリーはハード・コア・パンクと捉えられがちですが、そのサウンドはその枠をはるかに超えた異質のもの。
変拍子で複雑な展開のリズム、疾走する偏執的なギター、そして奇天烈なヴォーカル、さらに理解不能な文語的語彙が羅列された歌詞で、既存のロックの概念を大きく逸脱したものです。
アルバム「あぶらだこ」は1986年にリリースされたあぶらだこの2枚目のアルバム。
ジャケットデザインは青一色。
下方に小さく「あぶらだこ」と書かれただけのシンプルさ。
青いが故に“青盤”と呼ばれています
実はあぶらだこのオリジナルアルバムのタイトルはすべて『あぶらだこ』。
したがって便宜上区別するため、アルバムジャケットを基に通称が付けられており、本作以外に「木盤」、「亀盤」、「月盤」、「舟盤」などと呼ばれるアルバムがあります。
木盤 (1985年)
月盤 (2000年)
舟盤 (2008年)
さらにこの“青盤”、当時刊行されていたサブカル雑誌「宝島」のキャプテンレコードから発売予定でしたが、レーベルからの「難解すぎる」というクレームがあったり、レーベルとバンドとの齟齬があったため、自主製作盤として発売。
またあぶらだこのメンバー全員がプロ・ミュージシャンではなく、一般職との兼業のいわゆるセミプロ。
従って各々の仕事との兼ね合いもあり、バンドの活動は不定期。あくまでもマイペース。
バンドとしてのスタンス、そして独創的な音楽で異質の存在として注目されました。
そして結成から40年経った現在でも、その唯一無二の音楽と独自の存在感はカルト的な人気を集めています。
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RCサクセション 「シングルマン」
- ファンからの贈りもの
- 大きな春子ちゃん
- やさしさ
- ぼくはぼくの為に
- レコーディング・マン(のんびりしたり結論急いだり)
- 夜の散歩をしないかね
- ヒッピーに捧ぐ
- うわの空
- 冷たくした訳は
- 甲州街道はもう秋なのさ
- スローバラード
RCサクセション。言わずと知れた忌野清志郎を中心とした日本の「King of Rock」。
1966年、中学生の忌野清志郎、林小和生、破廉ケンチの3人は「The Clover」結成。
その後、高校進学で破廉ケンチが脱退。「The Remainders of the Clover」とバンド名を変更。
再び破廉ケンチが復帰。
「The Remainders of the Clover succession」とし、省略した“RCサクセション”がバンド名となりました。
『シングル・マン』は1976年に発表された、RCサクセションの3枚目のアルバム。
RCサクセション初期の不朽の名盤として知られる『シングル・マン』ですが、1974年から制作されていたにもかかわらず、諸事情により一旦お蔵入りに。
2年後にようやくリリースされましたが、今度は売上不振の為、発売後1年と経たずに廃盤となった“不遇のアルバム”としても知られています。
不可思議な違和感がまとわりつく秀逸なアルバムジャケット。
このイラストは「幼児児童絵画統覚検査図版」(金子出版)から引用されたもの。
子供の精神分析用の絵が収められている書籍で、元本は忌野清志郎が探してきたものです。
CAT日本版 「幼児・児童 絵画統覚検査図版」金子書房
また、ジャケットに描かれている“RCサクセション”のロゴも清志郎がデザインしたもの。
さらに中ジャケット(CDでは裏ジャケット)にはこのイラストを真似たメンバーの写真があり、実際これに近い形で、福生の方で共同生活をしていたといわれています。
ちなみに、図らずも“不遇のアルバム”となった故に、再発売された際のLPレコードの帯には、発売元のポリドールからの謝罪文が掲載されました。
名曲揃いの楽曲と見事に符合しつつ、他に類を見ない個性的なアルバムジャケットの『シングル・マン』。
日本のロック史に残る名盤です。
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INU 「メシ喰うな!」 (1981年)
- フェイド アウト
- つるつるの壷
- おっさんとおばはん
- ダムダム弾
- 夢の中へ
- メシ喰うな!
- ライト サイダーB(スカッと地獄)
- インロウタキン
- 305
- メリーゴーラウンド
- 気い狂て
INU(イヌ)は町田町蔵を中心に結成された日本のパンク・ロック・バンド。
1979年に結成され、1981年にアルバム『メシ喰うな!』でメジャーデビュー。
そしてその3ヵ月後に解散。
まさに刹那な伝説のバンドながらその影響力は大きく、現在も根強い支持を受けています。
この当時1970年代後半は、東京ロッカーズが注目を集めていた時期でもあり、これに対して関西ノー・ウェーヴというムーヴメントがありました。
大阪発のINU はその関西ノー・ウェーヴを代表するバンドでもありました。
サウンド的にはジョン・ライドンのP.I.L.(Public Image Ltd)やリチャード・ヘルのようなポスト・パンク寄りのサウンドで、既に完成されておりポップですらありました。
アルバムジャケットは、黄色の下地に町田町蔵のモノクロ写真というシンプルなものですが、町田町蔵の表情が見事に切り取られており、鮮烈な印象と存在感があります。
ジャケットはアートディレクションは原耕一、フォトグラフは半沢克夫によるもの。
両者とも当時、YMOやサザンオールスターズのジャケットや宣伝広告も手掛けていました。
INU解散後、町田氏は数々のバンドを結成しては解散を繰り返しつつ、音楽活動を継続。
その後、本名の町田康に名前を変え、執筆活動を始めます。
2000年の小説『きれぎれ』は第123回芥川賞を受賞。
現在も作家として活躍。
17、8歳の頃に書かれたと言われるアルバム「メシ喰うな!」に収録されている楽曲の歌詞は、町田氏が幼少期に読んだ『物語日本史』という歴史ものや、大江健三郎といった作家の文章、また落語など古典芸能などから影響を受け書かれたものでした。
アルバムの中で書かれた独特の言い回しや言葉には、既に作家としての片鱗がうかがえ、日本のパンクロックを語るに外せない傑作です。
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Compostela (コンポステラ) 「歩く人」 (1995年)
- 篠新3/4
- 淵
- くつやのマルチン
- 1の知らせ
- オクタニア地方の民謡より
- 反射する道
- ハバナギラ
- くさび
- 塔
- アジ-ルのマ-チ
- 月下の一群
- コンサルタントマ-チ
- 海へ行くな
メンバーとしてホーン・サウンドを担当。
ジャズ・サックス奏者、梅津 和時を筆頭に、原田依幸、片山広明、早川岳晴、篠田昌已ら錚々たるメンバーが参加していた伝説のフリー・ジャズ・バンド。
「生活向上委員会大管弦楽団」と改名して1980年にメジャー・デビューしましたが2枚のアルバムを残して解散。梅津氏はRCサクセションのサポート・メンバーとしても有名。
それぞれのバンド活動と並行して、チンドン楽士としても活動。
精力的に音楽活動を展開していきます。
『Sign Of 1 1の知らせ』というスタジオ・アルバムを制作しました。
アルバムジャケットは、コントラストの強いモノクロ写真が独特の雰囲気を醸し出し、タイトルの「歩く人」の赤い文字が印象的です。
このコンポステラの3人が小川に佇むジャケットは桑本正士によるもの。
オフノートのアルバム・カヴァーの写真は主に氏が担当していました。
桑本正士/写真集 幻植物園
70年代から『ヤング・ギター』などの雑誌を舞台に、数多くのミュージシャンを撮影してきた桑本正士氏。
海外アーティストではフランク・ザッパやボブ・マーリー、アルバート・コリンズの撮影を手掛け、国内では細野晴臣、シュガー・ベイブ、ムーンライダーズなどのジャケットやポートレイトを数多く手掛けました。
1994年に設立されたレーベルで、脱ジャンルを志向し、非商業的ともいわれる個性的な音楽に真摯に向き合いプロデュースしていく“インディーズ”の本質的なレーベルです。
メジャーに出てこない音楽界の重鎮を多数フューチャーしており、根強い人気を誇っています。
コンポステラの道程を映し出した重要なアルバムであるとともに、オフノートを代表する1枚です。
ゆらゆら帝国 「ゆらゆら帝国のめまい」 (2003年)
- バンドをやってる友だち
- ドア
- 恋がしたい
- 通りすぎただけの夏
- とある国
- からっぽの町
- ボタンが一つ
- 冷たいギフト
- 星になれた
ゆらゆら帝国は坂本慎太郎(vo,g)を中心に1989年に結成。
94年にアルバム『ゆらゆら帝国』を発表。
独自の世界観で“日本語のオリジナル・ロック”を追求、サイケデリックかつ自由自在なサウンドで日本のロックシーンにおいて異彩を放ちました。
98年アルバム『3×3×3』をリリース。
このアルバムでメジャーデビューを果たすと同時に、音楽誌や数多のミュージシャン達から絶賛されます。
「ゆらゆら帝国のめまい」は2003年にリリースされたメジャー5枚目(通算9枚目)のアルバム。
アルバムごとに変化、そして進化するゆらゆら帝国のサウンド。
『3×3×3』のガレージサイケのサウンドから、本アルバムはメロウポップなサウンドに変化。
いい意味で期待を裏切られますが、細部にまで配慮されたアレンジ、計算された語彙など聴くほどに引き込まれる“名盤”です。
そして、独特なタッチのイラストでインパクトのあるジャケット。
デザインは坂本慎太郎自身によるもの。
実は多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業の坂本氏。
メジャー契約の際に「ジャケットを自分でデザインする」という条件を提示して交渉。
レコード会社もこの条件を承諾したことにより、ゆらゆら帝国のアルバムジャケットは坂本氏によってデザインされています。
但し、このアルバムジャケットは初回限定盤のLPアナログ盤のデザイン。
レコード盤も赤く、こちらも中央にイラストがデザインが施されており、貴重なアルバムとなっています。
CDはまた違ったデザインになっており、こちらは不特定多数の女性のポートレートを加工したもの。
こちらも印象的なデザインです。
from discogs
またこのアルバムは2枚組コンセプト・アルバムとしてリリースされており、『ゆらゆら帝国のしびれ』というタイトルのアルバムと同時リリースされています。
両極端の世界観で描かれ、対をなす2枚のアルバムは、ゆらゆら帝国の方向性を模索した実験的アルバムともいえ、一聴の価値有りです。
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PE’Z 「Akatsuki」 (2002年)
- Akatsuki
- 海に降る雪~snow in the sea~
- SPIRIT
- Keluku Walk
- BLEED!
PE’Z(ペズ)は1999年に結成された5人組ジャズ・インストゥルメンタル・バンド。
その主な活動の場はストリートでした。
ジャズをベースにラテンやロックなど多様な音楽を取り入れたサウンドで、疾走感・躍動感に溢れたライヴパフォーマンスは話題となり、ストリートでは異例の1000人以上のオーディエンスを集客したことも。
2001年、初のミニアルバム3枚をインディーズレーベルのapart.RECORDSからリリース。
アルバムはインディーズ・チャートを席巻。
「インストはメジャー・シーンでは売れない」という常識を覆しました。
2002年には東芝EMI/Virgin Musicと契約。
本アルバム『Akatsuki』でメジャーデビューを果たします。
和柄のデザインに『Akatsuki』の赤いロゴが映えるアルバムジャケット。
実は中の折込ライナーノーツの図柄の一部がジャケットになっています。
そしてこの図柄はPE’Zのメンバーの衣装のデザイン。
デザイナーのZUBOによるもので、バンド結成当初からPE’Zの衣装を担当しています。
またZUBOは衣装だけでなく、広告やセットデザインなどアート・ディレクションとしても携わっています。
さらにアートワーク・デザインとしてロゴなどを担当しているのが funnimal manufacture。
PE’Zの殆どのアルバムがZUBOと funnimal manufactureによるアートワークです。
2000年代序盤から盛り上がりを見せた、インスト・ジャズバンドブームの先駆けとなったPE’Z。
本アルバムで、日本のジャズシーンに新たな“和風”スタイルと可能性を提示してみせました。
その後のインストバンドに多大な影響を与えたアルバムです。
不定期なアルバムジャケットのご紹介シリーズ第4弾、いかがでしたでしょうか?
次回第5弾へつづく。