That’s incomprehensible
フランシス・フォード・コッポラ監督に見出され、路地裏から表通りに出たトムウェイツ。活動の拠点をニューヨークに移し、新たな作曲活動に入ります。
Shore Leave(束の間の休暇)、 Frank’s Wild Years (ワイルドなフランクのテーマ)、
16 Shells From A 30.6(A 30.6)の3曲をレコーディングし、新作のデモとして提示したものの、今までのトムウェイツの路線とは180度方向の違う実験的なサウンドに、アサイラム・レコードは難色を示すしかありませんでした。
「この音楽は…。ネズミにでも聴かせるつもりかね?」
制作サイドはそう尋ねたそうです。
それほど、その音は彼等の許容範囲を超えた、理解不能なものだったのです。
それ以前に、アサイラムとは少なからず齟齬(そご)が有り、このことが“最後の”きっかけとなり、トムウェイツはアサイラムを去ることになります。
怪進撃の始まり
そんなトムウェイツを快く受け入れたのがアイランド・レーベルでした。
ご存知、ボブ・マーリーを見つけ出し、世に送り出したレーベルで、代表のクリス・ブラックウェルはトムウェイツの新作デモを聴いて、即座に契約したと言われています。
一方、この難解な新作についてトムウェイツはこう言ったそうです。
「Swordfishtrombones」 (1983)
出典:https://www.amazon.co.jp/
- Underground
- Shore Leave
- Dave the Butcher
- Johnsburg, Illinois
- 16 Shells From A 30.6
- Town With No Cheer
- In the Neighborhood” – 3:04
- Just Another Sucker on the Vine
- Frank’s Wild Years
- Swordfishtrombone
- Down, Down, Down
- Soldier’s Things
- Gin Soaked Boy
- Trouble’s Braids
- Rainbirds
アサイラム時代のジャジーな吟遊詩人というイメージを、自らブチ壊すかのような重く粗い音で始まる1.Underground、暗澹とした2.Shore Leave 3.Dave the Butcherへと続き、さらに殴りつけるかのような5.16 Shells From A 30.6へと繋がっていきます。
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ハーモニウムやバグパイプ、アコーディオンといった、古めかしい楽器を駆使し、新たに作り上げた音楽。
実験的でありながら革新的で、まるで別人のようなサウンドに既存のファンの多くは戸惑いを隠せませんでした。
そんなトムウェイツ、このアルバムタイトルについてこう述べています。
やかましい音を立てる魚でもあるのさ!」「トムウェイツ 酔いどれ天使の唄」より抜粋
ますます戸惑い、混乱させる彼らしい言葉です。
そんな楽曲の中でもやはり7.In the Neighborhood や15.Rainbirdsのようなトムウェイツらしい名曲は隠れていて、その対比が聴き込むにつれて功を奏し、全曲耳に馴染んでくるという中毒的症状に至ってしまいます。
そして、9.Franks Wild Years。“怪進撃”のキーワードとなる曲です。
我関せず 我が道を行く
「Swordfishtrombones」(ソードフィッシュトロンボーン)がリリースされた1983年。
出典:https://www.amazon.co.jp/
Duran Duran(デュラン・デュラン)などが火付け役となり、かのMTVが爆発的な人気になります。
Wham!(ワム!)やCulture Club (カルチャー・クラブ)といったポップ路線が台頭してきます。
また他のロックバンドもこの流れに同調し、宣伝媒体を主にPVへと移行していきます。
コマーシャリズム全盛の中、耳障り良く、万人受けする分かりやすいサウンドが求められる風潮の中、一人逆行するトムウェイツ。
コネチカット州の小学生のランチボックスの蓋に、顔写真が印刷されるような事が大事だとはオレは思わないな。」
「トムウェイツ 酔いどれ天使の唄」 より抜粋
華やかでルックスや話題性が先行する世界に見向きもせず、未だかつて誰も踏み入れたことのない領域へと向かいます。
また、今回のアルバムからトムウェイツ自身がプロデュースを務め、さらに独自の世界観を深めていく起点ともなりました。
そしてこの新天地での再スタートとほぼ時を同じくして、フランシス・フォード・コッポラ監督の作品に今度は俳優として参加することになります。
前回参加した映画、「One from the Heart」(ワン・フロム・ザ・ハート)。
興行的には散々な結果となり、批判も相次ぐ中、コッポラ監督に落胆の暇を与える間もなく、その創作意欲を駆り立てたのがある少女の2冊の自伝小説でした。
そのストーリーをもとに、
「The outsiders」(アウトサイダー1983年)と「Rumble Fish」(ランブルフィッシュ1983年)と立て続けに制作された2本の映画にトムウェイツは俳優として起用されることなりました。
出典:https://www.amazon.co.jp/
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その独特の風貌と存在感は、スクリーンの中でも圧倒的で異彩を放つものでした。
こうした映画での役作りや演技といった体験が、Swordfishtrombones(ソードフィッシュトロンボーン)から続く彼の壮大な三部作の礎となっているのは間違いないでしょう。しかしミュージシャンではなく、映画俳優をやることの違和感を問われると、
「密造酒を作っていたのが時計修理のしごとをやりだしたって感じかな。」
と煙に巻く言葉は相変わらず健在。
当のアルバムSwordfishtrombones(ソードフィッシュトロンボーン)は物議を醸したものの、批評家達の絶賛の的となりました。英音楽雑誌の人気投票では年間最優秀アルバムとなり、初めて全英チャート入りを果たしました。
The show is about the start
1985年にリリースされたアルバムRain Dogs(レインドッグ)。
この奇妙なタイトルについてトムウェイツはこう説明しています。、
つまり、家も家族も、もちろんクレジットカードも無く、街の公園や他人の家の軒先で寝てるような連中のことさ。」
「トムウェイツ 酔いどれ天使の唄」より抜粋
「Rain Dogs」(1985)
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- Singapore
- Clap Hands
- Cemetery Polka
- Jockey Full of Bourbon
- Tango Till They’re Sore
- Big Black Mariah
- Diamonds & Gold
- Hang Down Your Head
- Time
- Rain Dogs
- Midtown
- 9th & Hennepin
- Gun Street Girl
- Union Square
- Blind Love
- Walking Spanish
- Downtown Train
- Bride of Rain Dog
- Anywhere I Lay My Head
このアルバム、トムウェイツの80年代の作品の中でも最高傑作との誉れ高いアルバムです。
前作からの続編的な作品ですが、内容はさらにそれを上回る仕上がりで、音のおもちゃ箱をひっくり返したようにポルカ、タンゴ、マーチングバンド、ブルース、カントリー、とあらゆるジャンルの音が散りばめられています。それでいてアルバム全体としては見事な統一感があり、トムウェイツのマジック・ワールド開眼といった趣です。
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各曲の登場人物たちも命を吹き込まれたかのように、聴く者にリアルな存在感を感じさせて、さながらシアター・アルバムのようで、不思議なストーリーを共有している錯覚を覚えずにはいられません。
加えて豪華なゲストミュージシャンもこのアルバムの怪進撃を一役買うことになりました。
かのキース・リチャーズをはじめラウンジ・リザーズのジョン・ルーリー、マーク・リボット、ルー・リードバンドのロバート・クイン、ホール&オーツバンドのG.E.スミスなど多彩な顔触れとなりました。
特に“盟友”となるキース・リチャーズとに出会いについてトムウェイツは
会ったのはタイムズスクエアのランジェリーショップで、二人共偶然、女房に下着をプレゼントをしようとして物色してたとこだったんだ。
イヤ、本当はキースがずっとオレから借金のしどおしで、ここらで一度精算してもらわないと困るってことでレコーディングに参加してもらったんだ。」
「トムウェイツ 酔いどれ天使の唄」より抜粋
相変わらずのホラ話ですが。そう思えるから不思議です。
参加ミュージシャンもさることながら、Rain Dogs(レインドッグ)をフェイバリット・アルバムとして挙げるミュージシャンも多く、REMのマイケル・スタイプ、U2のボノ、ポーグスのメンバーなどがファンを公言しています。
セールス的には本国アメリカではあまり振るわなかったのですが、ヨーロッパ諸国ではセールス的にも良く高評価で受け入れられました。
そしてさらにこの5年後、収録曲「ダウンタウン・トレイン」は、後にロッド・スチュワートによるカヴァーが大ヒットを記録し、トムの代表曲の一つとなりました。
世間と乖離しながらも愚直なまでに自分独自の世界とサウンドを追究するトムウェイツ。しかし逆に世間が彼の背中を追いかけていくことになります。
ドン・キホーテの挑戦
そういえば、前作、キーワードになると紹介した曲、Franks Wild Years(フランクス・ワイルド・イヤーズ)。
その主人公フランクは…?
まあそんなところから、フランクって男の物語が膨らんで来たんだ。…いけねぇ、余計なことを喋っちまった。そうだ$100やるから、この話の先はそれらしくやろうぜ。」
「トムウェイツ 酔いどれ天使の唄」より抜粋
“怪進撃”はまだ始まったばかりでした。