そしてトラディショナル・フォーク・ロックの先駆けとなったバンドでした。
British Folk Revival
Pentangle(ペンタングル)はバート・ヤンシュとジョン・レンボーンを中心に1967年に結成。
この2人にダニー・トンプソン(b)、テリー・コックス(dr)とジャッキー・マクシー(vo)が参加。
英国トラディショナルのフォークソング・リバイバルの代表的バンドです。
このオリジナルメンバーによる活動は1968年から1972年までの4年間と短期間のものでしたが、この間に6枚のアルバムをリリース。
演奏技術はもちろん、その完成度の高さはどれも名盤と評されるレベルのもので、西欧音楽史の転換期の重要なバンドとして位置付けられています。
ここでトラッドとは何か?
簡単にいえば直訳通り「伝統」のことで、イギリスの民謡です。
さらにフォークソングはそれらの伝統に根差した音楽のことです。
ギター1本のアコースティック楽器でシンプルに演奏される楽曲が原形ですが、それから派生したポピュラー音楽を含めることもあります。
このフォークリバイバル、もとはアメリカで1950年代から1960年代に起こったムーヴメントに端を発したもので、民衆の歌であるフォークをもう一度自分たちの手に取り戻そうとする運動でした。
その背景には当時のベトナム戦争や公民権運動などによる社会問題への意識の高まりがありました。
やがてこのムーヴメントがイギリスにも影響。
フォークリバイバルが起こります。
しかし、イギリスでは最初はそれほど革新的な運動ではなく、小さなものでした。
その間にアメリカでは’62年にボブディランが、そしてイギリスではビートルズがデビュー。
ロック黄金期を迎えます。
やがて、この変化がフォークリバイバルにも影響し、トラッドフォークとロックが融合。
「ブリティッシュ・フォーク・ロック」が誕生し、大きなフォークリバイバルの波となります。
その一角を担ったバンドがペンタングルでした。
その他にもFairport Convention(フェアポート・コンヴェンション)、Steeleye Span(スティーライ・スパンといったバンドが活躍。
サウンド色の異なった、それぞれのバンドの解釈よる新たなトラッドフォークが広がっていきました。
Bert & John
フォークリバイバルの代表的グループ、ペンタングル。
フォーク・ロック・バンドとして分類されていますが、ジャンルの違う個性的なメンバーによって編成されており、一概にロックと言い切れない奥深いサウンドが特徴です。
そのペンタングル結成の中心人物となったのがBert Jansch(バート・ヤンシュ)とJohn Renbourn(ジョン・レンボーン)の二人。
彼らはペンタングル以前にも活動を共にしていました。
Bert Jansch(バート・ヤンシュ)
1943年、イギリス・スコットランドのグラスゴー生まれ。
10代の頃ギターを始め、地元のフォーク・クラブに通い始めます。
そこで Archie Fisher(アーチー・フィッシャー)と出会い、Woody Guthrie(ウディ・ガスリー)とPete Seeger(ピート・シーガー)らアメリカのフォーク・リバイバルの音楽に触れます。
やがて数々のフォーククラブを巡り演奏をする生活を始め、様々なフォークシンガーやミュージシャンと知り合います。
中でもギタリストのDavy Graham(デイヴィ・グレアム)やAnne Briggs(アン・ブリッグス)らのフォーク・シンガーから大きな影響を受け、独自のスタイルを構築していきます。
さらに1963年から1965年にかけてヨーロッパを放浪しながらバーやカフェへ飛び込みで演奏したり、路上ライブで日銭を稼ぐ“音楽修行”のような暮らしを経験。
その後1960年代中頃、活動拠点をロンドンに移します。
一方、John Renbourn(ジョン・レンボーン)は1944年、ロンドン生まれ。
学生時代にクラッシックギターを学び、中世やルネサンス期の古楽、バロック音楽に出会います。
1950年代になると他のミュージシャンにたがわず、アメリカフォークの流行に影響を受け、フォークギタリストやフォークソングを探究するようになります。
1961年にはMac MacLeod(マック・マクロード)と共に南西部をツアーし、やがてロンドンのフォーククラブで演奏を始めるようになります。
こうして各地からロンドンのフォーククラブにミュージシャンが集うようになり、バート・ヤンシュとジョン・レンボーンは出会います。
その他にも、Davy Graham(デイヴィ・グレアム)、Paul Simon(ポール・サイモン)ら、革新的なアコースティック・ギタープレイヤー達とも出会いクラブで演奏をするようになります。
数多くのミュージシャン達が集う中、1963年頃からバート・ヤンシュとジョン・レンボーンは共に活動を開始。
「フォーク・バロック」として知られる複雑で対位法演奏のスタイルを共に作り上げました。
それぞれ数枚のソロアルバムの制作を経て、1966年にリリースされたアルバムが「Bert and John」。
二人のフィンガーピッキング・ギターの技巧はもちろん、アコースティックギターによるインタープレイは一聴の価値ありです。
Pentangle
1967年、バート・ヤンシュとジョン・レンボーンの二人、そしてジョンとすでにデュエットを組んでいたトラッド歌手のJacqui McShee(ジャッキー・マクシー)がヴォーカリストとして参加。
そこにAlexis Korner’s Blues Incorporated(アレクシス・コーナーズ・ブルース・インコーポレイテッド)というバンドでダブルベースを弾いていたDanny Thompson(ダニー・トンプソン)とドラムのTerry Cox (テリー・コックス)が参加してペンタングルが結成されました。
ブルース&フォークのバート、クラッシックのジョン、トラッド歌手のジャッキーマクシー、ジャズのダニーとテリーというそれぞれ基礎が違う個性が集まった革新的なバンドの誕生でした。
The Pentangle (1968)
- Let No Man Steal Your Thyme
- Bells
- Hear My Call
- Pentangling
- Mirage
- Way Behind The Sun
- Bruton Town
- Waltz
1968年にリリースされたデビューアルバムが「The Pentangle」。
ペンタングルのアルバムのなかでも5人それぞれの音と存在感が際立ったアルバムで、1stアルバムにして英国トラッド・フォーク史を代表する名盤と評される1枚です。
電気系を使わずアコースティックによる演奏やパートソロといった構成がジャズを彷彿させ、
と評されました。
メンバー間の緊張感ある演奏や駆け引きも聴きどころ。
加工されてない生の無骨な音作りも効果的で、ペンタングルのサウンドの方向性が示されたアルバムです。
プロデューサーにはキンクスやザ・フーなどのアルバムを手がけてきたShel Talmy(シェル・タルミー)を起用。
アルバムはメンバーによるオリジナルの楽曲と、6 “Way Behind the Sun” や7. “Bruton Town”のようにトラディショナル・ソングをアレンジした楽曲で構成されています。
トラッドもただのカヴァーといった内容でなくオリジナルの楽曲と同様、メンバー間の緊張感のある演奏で、その違いを感じさせない新鮮さがあります。
まさに5人の才能がぶつかり合ったアルバム。
トラッドフォークと侮るなかれ、ジャンルを超えたバンドサウンドとクオリティは必聴。
ブリティッシュ・フォーク・ロックを代表する名盤です。
ご試聴はこちら↓

Sweet Child (1968)
Disc1
- Market Song
- No More My Lord
- Turn Your Money Green
- Haitian Fight Song
- A Woman Like You
- Goodbye Pork-Pie Hat
- Three Dances:
Brentzel Gay
La Rotta
The Earle Of Salisbury - Watch The Stars
- So Early In The Spring
- No Exit
- The Time Has Come
- Bruton Town
Disc2
- Sweet Child
- I Loved A Lass
- Three-Part Thing
- Sovay
- In Time
- In Your Mind
- I’ve Got A Feeling
- The Trees They Do Grow High
- Moon Dog
- Hole In My Coal
1stアルバム「The Pentangle」と同年の1968年にリリースされた2枚組のアルバムが「Sweet Child」。
ディスク1には1968年6月29日のロイヤル・フェスティバル・ホール公演におけるライヴ録音、ディスク2には同年8月のスタジオ録音が収録されています。
デビュー間もない時期のライヴながら、完成度の高さと緊張感ある演奏は聴きごたえ有り。
すでにキャリアある実力者揃いのペンタングル、唯一無二のサウンドといえるでしょう。
それぞれのソロパートもあり、互いの駆け引きもジャズそのもの。
聴いているうちに引き込まれていく魅力は、ライヴならではの醍醐味です。
Disc1 11. “The Time Has Come” は前述のアン・ブリッグスのナンバーで、ここではジャッキー・マクシーのヴォーカルが秀逸。
ペンタングルの5人の技量とアプローチの高さが垣間見える1曲です。
ご試聴はこちら↓

Reformer of Trad
Basket of Light (1969)
- Light Flight (Theme From “Take Three Girls”)
- Once I Had A Sweetheart
- Springtime Promises
- Lyke-Wake Dirge
- Train Song
- Hunting Song
- Sally Go Round The Roses
- The Cuckoo
- House Carpenter
結成から2年後の1969年で、すでに3枚目のアルバムという異例のスピードでリリースされたのが、本作「Basket of Light」。
またペンタングルのアルバムの中で、最もセールス的に成功した1枚でもあります。
本作は全英アルバムチャートで合計28週トップ10入りして、最高5位を記録。
また、BBCのテレビドラマの主題歌としてシングルカットされた1.“Light Flight” は全英シングルチャートで最高43位を記録。
ペンタングルの代表曲となりました。
1stのサウンドに比べて、ポップで柔らか味のある音作りで、聴きやすい仕上がりです。
ギターとベースとドラムの緊張感のあるイントロから始まる前述の1.”Light Flight”。
コラールなどの教会音楽を思わせる4.”Lyke-wake dirge”。
バートによるバンジョーとジョンによるシタールの旋律が印象的なラーガフォーク調の9.“House Carpente” など多様な面を知ることができます。
また、前作まででもバート、ジョン、テリーの3人がバッキングボーカルとして歌うことがありましたが、今作ではリードボーカルを取るナンバーも増え、ジャッキーによる紅一点のヴォーカルから男女混成ヴォーカルのフォークバンドというスタイルに移り始めたのもこのアルバムの特徴です。
ご試聴はこちら↓

Cruel Sister (1970)
- A Maid That’s Deep In Love
- When I Was In My Prime
- Lord Franklin
- Cruel Sister
- Jack Orion
ペンタングル4枚目のアルバム「Cruel Sister」。
前作までの3枚のアルバムはトラッドとオリジナルの楽曲が混在した内容でしたが、本作は全てがトラッドの楽曲で制作されています。
さらにこれまではアコースティック楽器のみで演奏していましたが、ジョンがエレクトリックギターを導入。
これまでのサウンドに新たな変化が加わりましたが、逆にジャズ要素がなくなったアルバムです。
トラッドの新たなスタンダードとでも言うべき名演の数々で、ドラムレスでの落ち着いたアンサンブルで始まる1.“A Maid That’s Deep In Love” 。
さらにジャッキーのアカペラのみの無伴奏トラッド、2.“When I Was In My Prime” 。
3.“Lord Franklin”、4.“Cruel Sister” へと続くトラッドらしい郷愁感あるナンバーが揃います。
音楽誌においては
と評され、ペンタングルの傑作、ひいては英国フォークを代表する名盤とされています。
ご試聴はこちら↓

Dissonance
Reflection (1971)
- Wedding Dress
- Omie Wise
- Will The Circle Be Unbroken?
- When I Get Home
- Rain And Snow
- Helping Hand
- So Clear
- Reflection
1971年にリリースされた5枚目のアルバムが「Reflection」。
前作がトラッドで構成されていたのに対して、今作で再びオリジナルの楽曲を含むアルバムに。
さらに取り上げているトラッドがここでは英国トラッドではなく、アメリカントラッドになっており、アメリカでのマーケットを意識したロック色が強く出たアルバムになっています。
アメリカントラッドは1.”Wedding Dress”、2.”Omie Wises”、3.”Will the circle be unbroken?”、5.”Rain and snow” の楽曲。
その他、ブルージーなオリジナルナンバーの4.”When I Get Home”ではバートがヴォーカルを。
さらにタイトル曲8.”Reflection”。
ペンタングルらしいジャジーでプログレッシブなサウンドでアルバムは締めくくられています。
アメリカントラッドをフューチャーしながらも彼等独自の英国フォーク調に仕上げる技量は流石の良作。
しかしながら問題が生じ始めます。
このアルバムのレコーディング時にバンド内の状況は良くなく、プロデュースを担当したビル・リーダーによれば、当時バンドは結束力を失いつつあり、
と回顧。これがさらに尾を引くことになります。
ご試聴はこちら↓

Solomon’s Seal (1972)
- Sally Free And Easy
- The Cherry Tree Caro
- The Snows
- High Germany
- People On The Highway
- Willy O’ Winsbury
- No Love Is Sorrow
- Jump Baby Jump
- Lady Of Carlisle
メンバー間の確執が表面化する中、新たにレーベルをリプリーズに移して発表された6枚目のアルバム「Solomon’s Seal」(ソロモンの封印)。
タイトルは神話上の「ソロモンの指輪」の印章とペンタングルの採用した五芒星のシンボルをなぞらえて付けられたものでした。
そしてこの五芒星を象徴したアルバムがオリジナル・ペンタングルとしてのラスト・アルバムとなりました。
フォークロックのサウンドで幕を開ける1.”Sally Free And Eas”。
アコースティックの響きが初期のサウンドを思わせる2.”The Cherry Tree Carol”、3.”The Snows”のナンバー。
4年間という短い期間ではあったものの、バンドとしての活動の成果を集大成したアルバムで、英国トラッド・フォークを牽引したペンタングルの区切りとなる1枚です。
しかし、アルバムの売り上げは以前の作品のようなヒットとはならず不振。
また音楽専門誌などからは厳しい評価が。
初期のようなメンバー間の演奏の駆け引きや、リスナーを引き込むような緊張感はなく、柔らかで聴きやすいサウンドで、インタープレイを重視する観点からすればもの足りないアルバムかもしれません。
聴き手によって評価が二分されるところだと思われます。
しかし解散前のギスギスした感じはなく、むしろリラックスして穏やかな印象で、ある意味では円熟味のあるアルバムといえるでしょう。
ご試聴はこちら↓

separation
5人の異色の才能が集まった類まれなるバンド、ペンタングル。
英国フォークを代表するギタリスト、バート・ヤンシュとジョン・レンボーンを要し、ジミー・ペイジやドノヴァン、ニック・ドレイクやポール・サイモンなど、数多くのアーティストに影響を与えてきました。
英国トラッド・フォーク・ロックを牽引したバンドにはフェアポート・コンヴェンション、スティーライ・スパンといったバンドがありましたが、その中でもブルース、ジャズを主体にアコースティック楽器でそのサウンドを確立したペンタングルはその技術、才能ともに別格の存在でした。
解散の理由としては多忙なツアーやスケジュールなどによるオーバーワークが原因とか、メンバー間の不仲説などがありますが、もともと全員がソロで活動できるレベルのミュージシャン。
実際、ペンタングルの活動と並行してバート・ヤンシュやジョン・レンボーンはソロ活動を行っており、アルバムもリリースしています。
バンドとしてのサウンド以外の音楽を探究し、それぞれの方向性が変化していくのは当然のことかもしれません。
1973年にペンタングルは解散。
その後1981年にそれぞれの活動を経て再結成しますが、ジョンがすぐに離脱。
オリジナルメンバーが揃うことはありませんでした。
英国トラッドフォークロックの改革者、ペンタングル。
ブリティッシュロックのルーツを紐解き、ロック史を語る上で外せない重要なバンドです。
そしてそのサウンドは現在でもイギリスの原風景を想起させてくれる新鮮さに満ちています。