Moondog in Germany
1974年、ドイツのラジオ局がムーンドッグの音楽に着目。
ドイツでの公演に招待したことをきっかけに、彼はドイツに渡ります。
ドイツはクラッシック音楽の地。
そして、彼の作風が古典回帰へと推移する状況と符合したのです。
この機会を「啓示」と捉えたのか、彼はハンブルクの通りに数ヶ月残っています。
その後、ニューヨークの6番街に居たときと同様、路上で活動。
気付けば2年間、ヨーロッパを放浪しました。
そして1976年、彼はIlona Sommer(イローナ・ソマー)というドイツ人女性と出会いました。
彼女は当時の状況をこう回想しています。
そのような音楽を書くことができる人が、ホームレスのように生きなければならないなんて信じられませんでした。それで私は彼を家に招待しました。」
(出典:priceonomics.com)
Ilona Sommer from moondogscorner
その後ムーンドッグはイローナ・ソマーの父親からも支持を受け、この一家の世話になり共に暮らすようになります。
そしてイローナ・ソマーはムーンドッグのマネジメントを担うことになりました。
ニューヨークとはまるで違う生活がドイツで始まりました。
In Europe (1977)
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- Viking I
- Chaconne In G
- Heimdall Fanfare
- Romance In G
- In Vienna
- Chaconne C
- Lögründr III
- Lögründr XII
- Lögründr XIII
- Lögründr IV
- Lögründr VII
- Lögründr XIX
1977年にリリースされたアルバム「In Europe」
ニューヨーク時代後期から古典回帰の傾向だったムーンドッグの音楽は、その全容を見せ始めます。
本アルバムではチェロやヴィオラ、ヴァイオリンなど弦楽曲や、ホルンによるカノンなどその多彩な楽曲を披露しています。
冒頭の1曲目「1.Viking I」ではニューヨーク時代を彷彿とさせる彼らしいリズムに、Celesta(チェレスタ)の軽やかで跳ねるような音、そして電子音響機器であるRing Modulator(リング・モジュレーター)というエフェクターを使い、まさにヨーロッパでの新たな始まりを暗示しているかのようです。
「4.Romance In G」ではまさにバロック古典というべき曲調で、ムーンドッグの進化を垣間見ることができます。
そして前章「Moondog」でも登場したムーンドッグ音楽の継承者といわれるStefan Lakatos(ステファン・ラカトス)と出会ったこの時代でした。
ムーンドッグが開発、製作したオリジナル・パーカッション「Trimba」(トリンバ)。
彼はこの打楽器の演奏法や製作方法をラカトスに伝授。
その後、ラカトスはムーンドッグのレコーディングやライヴにも参加。重要な役割を担っていくことになります。
Trimba from wikipedia
New Sound of An Old Instrument (1979)
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- Oasis
- Single Foot
- Mirage
- Bug On A Floating Leaf
- Sand Lily
- Frost Flower
- Crescent Moon March
- Barn Dance
- Elf Dance
- Logrundr In G
- Log In B
- Logrundr In D
- Logrundr In F Sharp
このアルバムはパイプオルガンをモチーフに制作されたアルバムです。
ニューヨーク時代に作曲されたものや、パイプオルガンのために書き下ろされた楽曲、さらには同時期にヨーロッパで作曲された作品をオルガンによって演奏した意欲作です。
パイプオルガンを演奏しているのはオルガニストのFritz Storfinger(フリッツ・ストーフィンガー):【ジャケット写真右】とWolfgang Schwering(ヴォルフガング・シュヴェリング):【同左】。
ムーンドッグの作品は、自身の作曲物に定期的に楽器編成を変えることで新たな色を与えてきたものが多数あり、楽曲の可能性への探究心が尽きることはありませんでした。
そんな実験的な要素が含まれたオルガンによるアルバムです。
Invitation from New York
ムーンドッグは環境にも恵まれ音楽活動に専念、スタジオ録音だけでなくイギリス、オーストリア、フランスを巡るツアーも行い「楽園」を手に入れました。
そして1989年、ニューヨークのフィリップ・グラスから招待が届きます。
6番街のストリートから離れて15年、ムーンドック73歳の時でした。
顕彰行事として、ニュー・ミュージック・アメリカ・フェスティバルでブルックリン交響室内管弦楽団によるムーンドック自身の作品の演奏を指揮してみないかというもの。
何よりも、そこで自分の音楽のコンサートをしたいと思っています。」(出典:priceonomics.com)
そして、時と共に忘れ去られようとしていたムーンドッグは、再びニューヨークに現れました。
彼のニューヨーク公演は大いなる興味と熱烈な支持で歓迎されました。
そしてムーンドッグがニューヨークに帰って来たと。
しかし、公演を終えると彼はすぐにドイツへ。
今の彼にとって安住の地はドイツでした。
ニューヨークでの夢のような幸福な時間。
30分間のささやかで短い凱旋でした。
A place of peace
Elpmas (1992)
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- Wind River Powwow
- Westward Ho!
- Suite Equestria (Trail Versus Road And Trail)
- Marimba Mondo 1 • The Rain Forest
- Fujiyama 1 (Instr.)
- Marimba Mondo 2 • Seascape Of The Whales
- Fujiyama 2 (Lovesong)
- Bird Of Paradise
- The Message (A Cappella Male Chorus)
- Introduction And Overtone Continuum
- Cosmic Meditation
1992年にリリースされたアルバム「Elpmas」(エルプマス)。
このアルバムタイトル、文字を反対に並び替えると「Sample」(サンプル)となり、逆に読んだものです。
楽曲は、エレクトロ・ポップ・ユニットMouse On Marsのミュージシャン、アンディ・トマが所有するドイツのスタジオで録音されました。
電子音響設備が整った環境の中で、ムーンドッグの音楽としては初めてsampling(サンプリング)を使用、アカデミー室内管弦楽団の演奏と“異色の共演”で録音されました。
アルバムは
「ムーンドッグのドイツの作品の中で最も奇妙で、
多くの点で彼の初期のニューヨークのアルバムに最も似ている」
と評され、音楽諸誌はトラッドとミニマルの中間にある傑作と論じました。
また菅井信子氏による日本語の朗読が収録された7.「Fujiyama 2 (Lovesong)」や、日本語を印字した東洋的なジャケットデザインなどこれまでと一線を画した作品になっています。
ムーンドッグの音楽が後のアンビエント・ミュージックに多大な影響を与えたことは明白ですが、彼自身の作品にそれを予感させる楽曲が収録されています。
デジタル音響機器が整った現代で、彼がその創造力を遺憾なく発揮したとしたらどんな音楽だったか?
否が応でも想像させられる名曲です。
Sax Pax for a Sax (1997)
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- Dog Trot
- Paris
- Bird’s Lament
- Sandalwood
- Toot Suite No. 1 In F Major
1. Mov.
2. Mov.
3. Mov. - D For Danny
- New Amsterdam
- Sea Horse (Piano)
- Fiesta (Piano)
- Novette No. 1 In D Flat Major
1. Mov.
2. Mov.
3. Mov. - Single Foot
- Mother’s Whistler
- Present For The Prez
- Shakespeare City
- EEC Suite
1.Golden Fleece
2.Hymn To Peace
3.EEC Lied
1997年にリリースされたアルバム「Sax Pax for a Sax」。
London Saxophonic(ロンドンサクソフォニック)というサックス・アンサンブルのユニットとムーンドッグによるコラボレーション・アルバムです。
1994年に録音されていましたが、リリースされたのは1997年。
ロンドンサクソフォニックの実質的なデビューアルバムでもあります。
バスドラムのようなパーカッションはムーンドッグが担当、サックスは合計9人のサックス奏者が演奏しており、ムーンドックの初期の楽曲のリメイクを含めた構成になっています。
洗練されているとはいえ、かつてニューヨークの6番街でジャズに傾倒していた雰囲気を彷彿とさせます。
このアルバムは好評を博し、ビルボードチャートで22位にランクインしました。
音楽評論家の見解も高評価が多く、ムーンドックにとって成功したアルバムの1つと言われています。
The remaining riddle
1999年、ドイツのミュンスターでムーンドッグは亡くなりました。
83歳でした。
彼の死後、再編集盤であったり、彼の残した譜面を基に再演奏されたものなど何枚かのアルバムがリリースされています。
そのどれもが色褪せず斬新な響きを感じさせるのは、やはりムーンドッグならではの感性があったからではないでしょうか。
様々な方面に多大な影響を与えたムーンドッグ。
盲目であった彼には、我々と全く違う世界が見えていたのかもしれません。
「先見の明」などと簡単に一言で済ませられない、いわば
「異次元に近いような場所から、社会に吞まれて生活を送る我々を俯瞰していた」
と例えた方が適切かもしれないと思わせるものです。
それほど彼の音楽は時代を超えて卓越していました。
そして彼は唯一無二の音を創り出し、遺していきました。
まるで私達になぞなぞを残していくかのように。